back

これは菌類懇話会第二回総会(2003.2.16)の折に発表したものをそのまま収録したものです。
プロジェクタを使って発表した時の写真はここには省略しました。したがって、
写真は「キノコのフォトアルバム」のコナガエノアカカゴタケを参照してください。


 
千葉県のコナガエノアカカゴタケ

浅井郁夫※1、 浅井淑子※2



1. はじめに

 コナガエノアカカゴタケ Simblum sphaerocephalum Schlechtendal はスッポンタケ目(Phallales)アカカゴタケ科(Clathraceae)に属するきのこである。D.M.Dring "Clathraceae" によれば、海外では19世紀中頃より採取されキアミズキンタケ Simblum periphragmoides Klotzsh などと同一種(複合種) として多くのシノニムをあげて記述されている。アフリカ、スリランカ、インド、西パキスタン、インドネシア、オーストラリア、ニューギニア、ドミニカなどで発見されているが、ヨーロッパでの発見例は記述されていない。採取例の少ない稀菌らしく詳しい分布は明らかになっていない。黄色と赤色に大別して、頭部の網目の数が多く黄色いキアミズキンタケ、網目の数が少なく赤身を帯びたコナガエノアカカゴタケの2タイプが記述されている。
 山渓フィールドブック「きのこ」には伊沢正名氏によって石垣島で撮影されたキアミズキンタケが掲載されているが、コナガエノアカカゴタケの写真が掲載されている図鑑は国内にはない。Susan Metzlerらの "Texas Mushrooms" には Lysurus Peripharagmoides として鮮やかな赤色のコナガエノアカカゴタケの写真が掲載されている。また、Peterson Field Guides "Mushrooms" には Chambered Stinkhorn として明瞭なスケッチが掲載されており、学名も Simblum sphaerocephalum(コナガエノアカカゴタケ) となっている。
 国内でもこれまでに発見例が非常に少なく、1993年6〜10月に飯塚茂明氏によって千葉県富津市の新舞子海岸にて、ついで2000年に本多澄夫氏によって愛知県渥美半島伊良湖岬海岸で発見されたのみであり、今回報告するものは国内では3例目であるという。なお吉見昭一氏によれば、キアミズキンタケとコナガエノアカカゴタケとは別種とするのが適切であるという。ここではその説にしたがってコナガエノアカカゴタケを扱っている。

※1 菌類懇話会、 ※1 千葉菌類談話会


2. 種の特徴

 幼菌は地下生、半地下性で白く袋の中で柄と頭部が成長し頭部に殻皮の一部をつけて出る。殻皮は下部が残り柄をささえる、根状菌糸束がながく砂地に伸び10cm以上あり、多くはその先端部にコウボウムギ、ハマニンニクなどのイネ科植物の遺体がみられる。柄は長さ5〜10cm、径1〜2.5cm下部がやや細まるものが多い。全体がクレーターのある突起で、やや弾力のあるスポンジ状、上部はオレンジ色で下部になるとやや淡色になる。中には全体が鮮やかな赤みを帯びているものもある。頭部は柄部とはっきりわかれて、柄の頂部からのびた腕部が数本出てさらに枝分かれして大きな網目となる。その腕部はオレンジ色、網目の中に基本体がある。網目は不規則な形で7〜10個前後でゆがんでいる。基本体(グレバ)は黒褐色で悪臭を放ち粘りのあるクリーム状。
 胞子は無色の楕円形で5〜5.5×2.5〜3.5μm、表面は平滑である。頭部の籠状部分を構成する細胞は大きな球形あるいは円柱形の構造をなしている。担子器には4〜8個の胞子をつける。担子器はタマゴ状のごく若い幼菌でしか観察することはできず、グレバが成熟して少しでも赤みを帯びたタマゴになると、もはや担子器を見出すことはできなかった。
 

3. 発見・同定までの経緯

 ここ数年来10〜12月というと、千葉県九十九里浜、茨城県鹿島灘の浜辺を中心としてアカダマスッポンタケ、ケシボウズタケを求めて毎週のように海辺を歩いていた。2001年12月6日千葉県一宮町の砂浜を歩いていた折、海辺の汀線に近いほとんど植物も生えていない砂の斜面に砂まみれ状態で発生していたのが最初の出会いだった。さらに数時間ほど探すと最終的に十数個の個体と新鮮なタマゴをひとつ採取することができた。
 この日採取した個体は当日のうちに、大部分を千葉県立中央博物館に標本として収めた。持ち帰ったサンプルを詳細に観察した結果、Dring 、Millerなどの文献に記載のあるSimblum sphaerocephalumであろうと判断した。採取した生標本及び乾燥標本の一部はこの分野の専門家である吉見昭一氏にお送りして同定を依頼した。吉見氏によればコナガエノアカカゴタケ(Simblum sphaerocephalum) であるとのことだった。このときから継続的に発生状況を調査してみることにして、以後1年間にわたって、ほぼ2〜3週間に一度のペースで4〜6カ所の浜辺を観察してきた。
 

4. 発生場所と発生時期について

 海外の記述によれば、春および晩秋から初冬に、単生あるいは散生するという。時に多数発生するとの記述もある。発生場所はよく肥えた場所、あるいは放牧地、芝生、果樹園、草地などと記述されている。しかし、海岸の砂地に出るといった記述はみられない。
 筆者らが観察した場所は房総半島の海岸であり、防風林と海岸線との間に広がる緩やかな砂の斜面、あるいは砂の堤防の海側の斜面である。千葉県一宮町の海岸においては、汀線から10メートルもない砂地であり、コウボウムギ、ハマニンニクなどのイネ科植物がわずかに生えた脆い斜面である。昨年から1年間通って観察した発生場所の多くが、波に洗われて崩壊し、今では海中に没してしまった。白子町、長生村では汀線から30〜100メートル離れた緩やかに広がる砂の斜面である。白子町、長生村の発生場所は水没するような場所ではなく汀線からも比較的遠い位置にある。共通して感じられたのが鉄分を多く含んだ黒ずんだ砂を多く含んだ砂地である。
 発生状況も1個体ないし3個体ほどが散発的に広く分布している。中には1メートル四方の中に数十個体が幾つか群生しているケースもあったが、これは稀なケースのようだ。
 なお、国内における第一発見場所として知られる千葉県富津市の新舞子海岸での観察も続けたが、ついに1個体も発見することはできなかった。
 後述するように、晩秋から冬、そして春の2つの発生ピークがあったが、2002年は異常気象の年であり、一般化することは適切でないと考える。観察に行く都度、発生場所周辺の黒松林近くの砂地をも探してみたが、樹下での発生は全く見られなかった。
 

5. 根状菌糸束の先にあるもの

 2002/11/3に一宮町で採取した幼菌は、太い根状菌糸をハマニンニクの根の周りに螺旋状に巻きつけ、その先端付近から枝分かれした菌糸はハマニンニクの根の中に伸びていた。この日はタマゴをいくつも持ち帰り、冷蔵庫の野菜籠に保管した。この日採取した個体の根状菌糸束の先端は、いずれもイネ科植物の根らしき植物遺体や、コウボウムギなどの生きた根の先につながっていた。
 約1週間後、冷蔵庫から取り出してみると、寄主から切り離された状態のタマゴはほとんど変化がなかったが、ハマニンニクに取り付いた状態で保存しておいたものはすっかり成長して赤い頭部を伸ばしていた。そしてハマニンニクはほとんど枯れていた。栄養を断絶されたほかのタマゴは成長できなかったと考えられる。
 一方、2002/1/13白子町海岸で採取した個体の根状菌糸束の先端は、地下に埋まった材のようなものにつながっていた。この材はかなり腐朽が進んでおり、竹のようにも見えたが、材の種類などは結局つきとめることはできなかった。その後、同一場所で採取した成菌の先にはイネ科植物の根と思われる植物遺体があった。
 

6. 観察場所の選定など

 千葉県九十九里浜を南部の一宮町からはじめて、長生村、白子町、大網白里町、九十九里町、成東町、蓮沼村、野栄町、北部の旭市の各浜辺を観察地点とした。2002年12月に一宮町でコナガエノアカカゴタケを見つけてからは、これに富津町新舞子海岸を加えた地域を主たる観察地点として選定した。なるべくこれらのすべてを回り、時間がないときは一宮町、長生村、白子町、蓮沼村、野栄町の海岸を特に重点的に定期的に観察してきた。この間にも神奈川県の海岸、新潟県の海岸、茨城県の海岸、青森県の海岸をコナガエノアカカゴタケを主たる観察対象として歩いたが、それらの地域ではこれまで1個体も見ていない。1年間観察してみて、コナガエノアカカゴタケの発生を確認できたのは一宮町から長生村をへて白子町に続く海岸のみであり、総延長にして14キロメートルほどの砂浜だけである。
 

7. 過去1年間の観察数

 コナガエノアカカゴタケの発生を確認できた場所と日時だけを以下に記す。ここで2002/10/24日の一宮町での184個体が突出している。ただ、この3日後の10/27に同地を訪れた坂本晴雄氏(千葉菌類談話会会員)は28個体しか確認できなかったという。なお、2〜3月、6〜9月はゼロ、10/15に同地を訪問した折には1個体の発生も確認していない。
    年月日       観察場所 成菌 老菌 幼菌
2001/12/6一宮町551
2001/12/15一宮町100
2001/12/25白子町140
2002/1/8一宮町・白子町140
2002/1/13白子町150
2002/4/24一宮町450
2002/5/13白子町354
2002/10/24一宮町1843050
2002/11/3一宮町42512
2002/11/13一宮町3347
2002/11/13長生村200
2002/12/7一宮町2157

 

8. 最後に

 ほぼ1年間にわたってコナガエノアカカゴタケの発生状況を観察してきたが、稀菌とされるにしては多数の個体を観察することができた。この1年間の僅かな観察ではあるが、コナガエノアカカゴタケの生息する場所は非常に自然条件の厳しい環境である。特に千葉県一宮町の海岸線は浜の崩落と水没が激しく、コナガエノアカカゴタケの発生した場所の多くが水没してしまった。水没地域ではその後やや防風林寄りの砂浜に散発的に僅かに発生が見られるのみである。
 コナガエノアカカゴタケが発生する場所の近くに見られるのは、スナジクズタケ、ニセホウライタケ属のきのこばかりであり、やや防風林に近寄るとスナヤマチャワンタケやスナジアセタケなどもある。
 最後にこの報告をまとめるに当たって、吉見昭一氏には同定をしていただきました。また坂本晴雄氏(千葉菌類談話会) には助言と資料提供をしていただきました。ここに感謝の意を表するしだいです。


[参考文献]
C.G.Llyod, Phalloid, 1909
W.C.Coker & J.N.Couch, The Gasteromycetes of the Eastern United States and Canada, 1928
Kobayasi,Yoshio. Nova Flora Japonica, Hymenogastrineae et Phallineae, 1928
H.V.Smith & A.H.Smith, The Non-Grilled Fleshy Fungi, 1973
D.D.Dring, Clathraceae, 1980
O.K.Miller & H.H.Miller, Gasteromyacetes Morphological and Development Features, 1988
Peterson Filed Guides, Mushrooms, 1987
Susan & Van Metzler, Texas Mushrooms, 1992
川村清一,原色日本菌類図鑑第6巻, 1954
吉見昭一,関西菌類談話会会報23, 2000

(2003/02/16)