back

菌類懇話会の菌懇会通信No.90(2003.9.28刊)に投稿したものをそのまま収録したものです。
ただし、一部の地名を××などに置き換えてあります。
写真などは「キノコのフォトアルバム」のコウボウフデを参照してください。


 
指名手配:コウボウフデの幼菌


 9月22日午後、いわき市の佐藤浩さんの事務所を訪れました。目的はコウボウフデのタマゴ(若い幼菌)を受け取るためでした。午前中は台風の余波で風雨に荒れる××村でセンボンキツネノサカズキを観察していました。佐藤浩さんは××村でのコウボウフデの第一発見者ですが、かねてよりごく若い幼菌の採取を依頼していました。22日に私たちが訪問するとのことで、前日の21日に強い雨の中を現地に出向いて数時間探索していくつかの幼菌を採取されていました。佐藤浩さんはすでに顕微鏡で胞子などの様子を観察されていました。そのことについて略記しておきます。

 川村清一著「原色日本菌類図鑑」第七巻 p.724-725には日本産コウボウフデが Dictyocephalos japonicus Kawam. sp. nov. として英文と和文で記述されています。所属は、担子菌門−腹菌目−ケシボウズタケ科とされ、Jap. nam. Kobo-hude との記述があります。昭和10年6月福島県、同16年10月茨城県で採取された個体に基づいて記述されています。ここには担子器などの記述はないので、サンプルにタマゴ(幼菌)はなかったと推測されます。記述の一部に「本菌の分類に就て考ふるにケシボウズタケ科(Tulostomataceae)に属することは明らかであるが、(以下略)」とあり、続いて属についての考察が述べられています。環紋弾糸(Elater)のないことなどを根拠に Battarrea ではなく、Dictyocephalos とされたようです。担子菌であることには一点の疑いもなかったようです。
 一方、伊藤誠哉著「日本菌類誌」第二巻第五号p.530-531においては、大谷吉雄氏による写真、胞子・弾糸などの図とともにコウボウフデが Battarrea japonica (Kawam.) Otani として記述されています。この中の記述に「担子器は円筒形、散在して束生することなく、完熟せる個体に於いては屡々識別困難なり」との一節があります。保育社「原色日本新菌類図鑑2」p.198のコウボウフデについての記述で「担子器は円筒形」とあるのは、大谷吉雄氏の記述に基づいたものと考えられます。

 前々からコウボウフデの担子器の形についての記述には疑問を感じていました。しかし、ただでさえ珍菌です。しかも担子器を確認できるのは、ごく若い時期のタマゴだけです。何年間かずっと若い幼菌を探し続けてきましたが、ようやく昨年10月14日に福島県××村で念願の幼菌をいくつか採取することができました。これはひとえに佐藤浩さん、奈良俊彦さんのおかげでした。そして、念願の担子器を昨年観察できたのです(と思い込んでいました)。ただ、幼菌の成長が思いのほか早く、撮影のチャンスは失いました。そのおり「担子器は円筒形」という記述に疑問を感じ始めていました。このため、なんとしても再度担子器を再確認して撮影しておきたいと思っていました。
 しかし、今回新たにわかったことは、自分が昨年見たものは担子器ではなかったということです。菌糸組織の一部と胞子が偶然重なった状態で視野に入っただけのものを、担子器と思い込んでしまったに過ぎなかったのです。つまり昨年確認できたと思ったものは先入観が見せた幻だったのです。9月22日に佐藤浩さんの事務所に訪れたとき、さらに衝撃的な事実が待っていました。

 佐藤浩さんが何度も「コウボウフデは子嚢菌ですよね」と駄目押しをするように問いかけてくるので、そのたびに「いいえ、子嚢菌ではありません。担子菌のケシボウズタケ目に属します」と答えました。このやり取りが数回あったのち、佐藤さんの撮影されたデータをパソコンの画面上で見ることになりました。そこで見たのはまるで不正子嚢菌のツチダンゴのような子嚢でした。そこにいたって初めて、佐藤さんのしつこいほどの問いかけの意味を理解しました。
 つづいて、その場で自らコウボウフデの幼菌を顕微鏡で覗いてみました。視野にはまさかと驚くような光景が展開していました。佐藤さんの撮影されたとおりの丸い子嚢がありました。子嚢の中には8つの胞子がみられました。トリュフやらマユハキタケなどと同じく丸いタイプの子嚢です。兵庫県の室井哲夫氏によれば、子嚢と子嚢胞子だけを見たらElaphomyces(ツチダンゴ属)とそっくりだとのことです。幼菌だけを見ているならツチダンゴ属の特異的な新種と勘違いしそうなのだそうです。

 いまはとりあえず、幼菌をしかるべ博物館の標本庫にいれるべく大切に保管している状態です。気になるのが、昨年のように時間経過とともに子嚢が消失してしまわないかということです。すると、薄膜で隔壁を持ち頻繁に分岐する組織が目立ちます。弾糸のようなものも見えます。この姿をじっと見ていると、まるでケシボウズタケの担子器のような光景です。それを担子菌だと思い込んでみると、ちょうど円筒形ないし嚢状の担子器に胞子がついているかの様にみえてしまうのです。もしかしたら、大谷吉雄氏もそういった光景をみたのではないかと、思えてしまうのです。

 前々から日本産のコウボウフデには環紋弾糸のあるものとないものの2タイプがあることが知られています。ここで取り上げたものは環紋弾糸のないタイプのものです。栃木県産のコウボウフデにも環紋弾糸は見られません。一方関西方面では環紋弾糸を持ったコウボウフデがいくつも観察されています。これらすべてについて若いタマゴを見つけ、担子器あるいは子嚢を確認することが急がれるのではないかと感じているところです。こういった作業は時間的にもアマチュアにしかできないのではないでしょうか。
(2003年9月23日記)