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[標本番号:No.62   採集日:2006/12/25   採集地:東京都、八王子市]
[和名:ヤノネゴケ   学名:Bryhnia novae-angliae]
 
2007年1月8日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 昨年12月25日に東京の高尾山で採取したコケの最後のひとつを調べてみた。朔をつけていたので、比較的楽に種名までたどり着けるのではないかという思いと、何となく嫌だなぁ〜という思いがして、ついつい後回しになっていた(a, b)。
 沢沿いで湿気の多い場所で、腐倒木やその近くの岩に着いていた。全体にツヤがあり、小さな割にしっかりしている。横にはう一次茎から、高さ1.5〜2cmほどの二次茎が立ち上がり、不規則に羽状に分枝している(c, d)。乾くと、葉は軽く縮み、覆瓦状になるが、わずかに反り返る。茎にも枝にも毛葉のようなものは見られない(j)。
 茎葉は幅広く披針状三角形で、長さ2〜3mm、中肋が葉長の3/4〜4/5ほどまで達している。先端は尖り、葉縁には全周にわたって微細な歯がある(e)。枝葉は長さ1〜2mm、広披針形で、中肋は茎葉と同じような長さで、葉頂は鋭く尖り、葉縁には全周にわたって微歯がある(f〜i)。葉身細胞は線形で、背面には、細胞先端にパピラがある(i)。
   朔柄は長さ2.5〜3cmで、朔には半分ほど白い帽をかぶり、蓋は軽く突出している(b, k)。朔柄には全体にわたってパピラが見られる(l)。ルーペでみてもわるほど顕著なパピラであるが、顕微鏡で見るとさらにはっきりする(m〜o)。
 朔の蓋が外れるものがなかったので、やむなく縦断面で切断してみた(p)。蓋と朔とはまだ自然に分離できる状態にまで成長していないが、朔歯はでき始めている(p〜r)。朔歯は2列になっているのだが、上手く撮影できなかった。口環に分化する部分が何となく解る(r)。なお、朔表面の細胞はやや厚膜でベルカなどはみられない。
 観察している途中から、嫌な予感がした。アオギヌゴケ科であることは間違いなさそうだ。分類の最も難しい科のひとつとされ、初心者がどうあがいても種名にまでたどり着けないものが多いとされているからだ。検索表をたどると、アオギヌゴケ属に落ちる。
 アオギヌゴケ属の検索表をたどってみた。この仲間は保育社の図鑑ではごくごく限られた一部の種しか掲載されていないので、平凡社の図鑑とMoss Flora of Japanを中心に探してみた。検索表からはアラハヒツジゴケ Brachythecium brotheri が最も近いが、いくつか全くあわない形質状態がある。アラハヒツジゴケには葉身細胞背面上端のパピラのことは記されていない。
 コマノヒツジゴケやカギヤノネゴケは、さらに不合致形質が多すぎる。このサンプルが典型的なものからかなりはずれているのか、あるいは、まったく別種なのか、現時点ではわからない。とりあえず、アオギヌゴケ属として扱っておくしかあるまい。

[修正と補足:2007.1.8. am11:40]
 ヤノネゴケではあるまいか、というご指摘をいただいた。再度標本にあたって、茎葉、枝葉について、あらためて翼部の様子を観察し、葉身細胞のサイズを計測し直した。
 葉の翼部の細胞は、他の部分と形状がやや異なり、長めの矩形〜幅広の楕円形をしている。また、葉身細胞のサイズは、10数枚の葉の数ヶ所ずつを計測してみた結果の平均は、概ね 30.5〜60 × 3.5〜8.5μm となる。
 これらから、この蘚類はアオギヌゴケ属ではなく、ヤノネゴケ属となる。ヤノネゴケ属の既知種についての記載を読んでみると、ヤノネゴケ Bryhnia novae-angliae としてよさそうだ。