HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.97   採集日:2007/02/06   採集地:神奈川県、川崎市]
[和名:ナガハシゴケ   学名:Sematophyllum subhumile]
 
2007年2月12日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 先週2月6日の川崎市で、地面に落ちた杉の樹皮に小さなコケが着生していた(a)。やや黄緑色をおびて光沢がある。ここは、ふだん湿地に近い状態なのだが、冬場は乾燥している。霧吹きでたっぷり湿らせてみた(b)。樹皮上をはう茎から、斜上する短い枝を不規則に出している。湿らせたまま、横面からルーペでみると、無数につけた朔が美しい。
 カラカラに乾いていたが、葉は枝に接することなく、斜上する茎は長さ8〜12mm、幅は葉を含めても1mm前後、濡らすと葉がやや開いた(b, c)。茎葉千切れたものばかりで、いまひとつはっきりしなかった。枝葉は、狭い卵形〜披針形で、しだいに細くなり先端はとがり、長さ0.8〜1.2mm、全縁で、中央部は浅く凹んでいて、中肋ははっきりしない(d)。
 葉身細胞は、先端部(e)、中央から縁(f)では、細長い菱形〜線形で、長さ50〜80μm、幅6〜8(〜10)μm。葉の中央部では非常に細長く、60〜70×4〜6μmほどのものが並んでいる。翼部の細胞は、薄壁の大きな矩形で、基部では褐色で厚壁となっている(g)。
 茎の横断面をみると、中心束はない(h)。葉の横断面も切り出してみたが、小さくて薄いため上手くいかなかった(i)。朔柄は短く、8〜12mmで平滑、先端にやや傾いて朔をつける。朔歯は二列で外朔歯は16枚(j)。外朔歯は横縞が目立ち(k)、内朔歯は芒状で微細な疣がある(l)。なお、朔壁の細胞は厚壁である。

 このこけだが、最初持ち帰ったことを後悔した。いったいどの仲間なのか皆目見当がつかなかったからである。植物体全体にとてもツヤがあり、朔はほぼ直立、中肋がはっきりしない、葉身細胞は線形気味、などの手がかりから、ツヤゴケ科の蘚類だろうと思った。しかし、ツヤゴケ科の検索表をいくらたどっても、途中で行き詰まる。
 多分、ツヤゴケ属だろうと思って、片っ端から掲載された記載を読んだが、いっこうに埒があかない。近縁のサナダゴケ科、アオギヌゴケ科なども念のために確認してみた。どこにも該当する種が見つからない。思い込みの怖さである。数日放置することになった。
 あらためて先入観を捨て、再度詳細に観察してみると、どうやらナガハシゴケ科の蘚らしい。特に、ナガハシゴケ属の特徴がよく現れているように感じた。いくつかの文献で、ナガハシゴケ属の検索表をたどってみた。タカサゴキリゴケやセイナンナガハシゴケとしても、おかしくはないのだが、ナガハシゴケ Sematophyllum subhumile とみなしたときが、齟齬が最も少ないように思える。現時点では、ナガハシゴケとしておくことにする。