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[標本番号:No.145   採集日:2007/03/15   採集地:千葉県、香取市]
[和名:ヤマトコミミゴケ   学名:Lejeunea japonica]
 
2007年3月22日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
 桜の樹幹に数種類のコケが着いていた(a)。そのうちから重なり合って細い紐状に垂れ下がるように出ていた小さな苔類を持ち帰った(b)。
 植物体には光沢があり、茎は不規則に羽状に分枝し(f)、樹幹をはうように伸びている。茎の長さは8〜15mm、幅は葉を含めて1〜1.2mm、倒瓦状に重なり合うように葉をつける(c)。
 葉は背片と腹片からなり、背片は卵形で丸頭で全縁。腹片は背片の1/4〜1/5の大きさで、三角形のポケット状で、縁は平滑。腹葉をもち、ハート形で、先が大きく二つに分かれ、幅は茎の2.5〜3倍ほどある(d〜i)。複葉の脇からは透明な仮根のような組織がでている(h)。葉の腹側を普通にみてから(d)、水没させるとポケット状になった腹片の部分に水が溜まっていかにも袋状を思わせる(e)。葉身細胞は五〜六角形で、幅20〜30μm、膜は薄くトリゴンも小さい(j)。油体は小さな粒が、1細胞に数十個あり、数えていると20を超える頃から分からなくなってしまう。
 葉が倒瓦状につき、背片と腹片を持ち、長いキールがあって腹片が袋状となり、複葉を持ち、仮根が複葉の脇から出ていることから、クサリゴケ科だろうと見当をつけた。検索表をたどるとクサリゴケ属に落ちる。さらにクサリゴケ属の検索表をたどるとヤマトコミミゴケ Lejeunea japonica にたどり着いた。カマハコミミゴケもよく似ているが油体の形状が異なるようだ。

[修正と補足:2008.05.09]
 今日、標本No.426を検討してみて、ヤマトコミミゴケと同定することになった。そのおりに、以前検討した本標本の標本袋の色を確認することになった。
 保育社図鑑によれば、ヤマトコミミゴケとサワクサリゴケについて、「標本にしてから数ヶ月の間に標本袋を徐々に青く染め、しまいには隣の標本まで染めるという変わった特徴をもっており、他に例がない」とあり、平凡社図鑑にも類似の記述がある。
 本標本は、採集から既に1年以上経過しているが、袋の色に変化はない。ということは、このNo.145はヤマトコミミゴケではないおそれが大きい。近々、あらためて再検討の必要がある。

[修正と補足:2008.05.11]
 あらためて標本No.145を引っ張り出してきて再検討してみた。
 

 
 
(ra)
(ra)
(rb)
(rb)
(rc)
(rc)
(rd)
(rd)
(re)
(re)
(rf)
(rf)
(rg)
(rg)
(rh)
(rh)
(ri)
(ri)
(rj)
(rj)
(rk)
(rk)
(rl)
(rl)
 1年以上経過した標本はすっかり色が抜けて緑褐色となっていた(ra)。しばらく水没させておくと、生時に近い姿に戻った(rb)。葉は倒瓦状につき(rc)、扁平に展開し、腹葉は葉一対につき一枚(rd)。背片は全縁で縁に長毛はない。茎の分枝はクサリゴケ型、腹片の第2歯は不明瞭。腹葉は二裂し、縁は角張らず、幅は茎幅の2〜2.5倍。葉身細胞のトリゴンは小さい(re, rf)。茎の髄細胞は横断面で約7〜10個、茎の表皮細胞は横断面で約7〜9個(rg, rh)。

 再度の観察結果を照合しながら、平凡社図鑑の検索表をたどると、やはりヤマトコミミゴケに落ちる。井上浩『続・日本産苔類図鑑』(p.88-89) をみても、この標本No.145はヤマトコミミゴケとしてよさそうだ。なお、同書の [ノート] によれば、サワクサリゴケ L. aquatica との関係は検討を要する、とある。茎の構造はあまりあてにならないようだ。
 ミズゴケ観察の例にならって、乾燥標本をサフラニンに浸したのち観察してみた(ri〜rl)。コントラストが明瞭になって見やすくなったが、この場合には特にメリットはなさそうだ。