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[標本番号:No.262   採集日:2007/06/16   採集地:埼玉県、秩父市]
[和名:コバノエゾシノブゴケ   学名:Thuidium recognitum var. delicatulum]
 
2007年6月25日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 埼玉県西部の旧荒川村(現秩父市)の大血川西谷で、道の脇の斜面をみると、一面にシノブゴケ科のコケが、転石群や周辺の腐葉土をすっかり覆っていた(a, b)。シノブゴケ属らしいがこれまでに見たことのある種とは違って、全体に小形で、繊細である(c)。
 何本かを引き抜いてみると、茎はあまり枝分かれせずスーと伸び、全体から細くて短い枝がほぼ均一に出ている(d)。茎の長さは4〜6cm、主枝は細く、葉を含めても1mm前後、長さ6〜10mmで、そこから出る支枝に到っては、長さ0.3〜1mm、幅0.2〜0.3mm程度しかない。
 乾燥しても、全体の姿はあまり変わらず葉が縮れることもない(e)。ルーペで見ると、茎や主枝の表面は、多数の毛葉に覆われている(f)。毛葉には糸状のものと小葉状のものがある。茎葉と、支枝の葉とではその大きさに雲泥の差がある。茎葉は広い三角形で、長さ0.3〜0.6mm、中肋が葉頂近くまで伸び、縁は全縁。一方、枝葉はとても小さく、長さ0.05mm〜0.1mmで、菱形〜卵形で、中肋は葉長の1/2を越えている。支枝の葉1枚をはずすのに難儀した。
 茎葉の葉身細胞は、長楕円形〜紡錘形で、長さ20〜30μmで、背面には1つの大きな乳頭がある。翼部は厚壁で矩形のやや大きな細胞となり、乳頭はみられない(h)。枝葉は丸井を帯びた菱形〜楕円形で、長さ10〜15μm、背面に牙状の大きな乳頭をひとつもつ(i)。
 茎の表面を覆った毛葉にも乳頭があり、乳頭は細胞の隔壁や端から出ている(j)。やっとのことで枝葉の横断面を切り出してみると、背面の乳頭の様子を明瞭に捉えることができた(k)。茎の太さも枝のそれとは対照的だが、いずれも表皮細胞は小さく厚壁で、表面は無数の毛葉に覆われている(l)。さらに細い先端の支枝で、その横断面をみると毛葉は少ない。

 シノブゴケ属であることに間違いないだろう。いくつかの図鑑で検索表をたどると、チャボシノブゴケ Thuidium sparisifolium に落ちた。観察結果と図鑑の記述ではやや異なるが、大きな所ではほぼ一致する。保育社の図鑑には「(略)小さな葉状の毛葉が密生するが、小枝の上ではほとんどない」とあるが、観察した標本では、小枝にも小葉状の毛葉を多数持ったものが見られた。

[修正と補足:2007.06.25 pm.4:00]
 識者の方から、チャボシノブゴケに非ず、とのご指摘をいただいた。あらためて、図鑑の記述を読むと、植物体のサイズがまるで異なる。4月22日に観察してチャボシノブゴケと同定した標本(No.179)があることに気づいた。このことをすっかり忘れていた。
 

 
 
(m)
(m)
No.179   →
チャボシノブゴケ
(n)
(n)
(o)
(o)
 あらためて両者を比較してみると、小人国のガリバーと小人くらいの違いがある(m)。さらに、チャボシノブゴケの茎表面の毛葉(n)や、枝の表面(o)は、今日の標本No.262のそれ(f)とはまるで違う。では、これはいったい何だろうか? 葉身細胞の突起がよく似たものにホンシノブゴケ ヒメシノブゴケ(標本No.158No.89)があるが、これとも異なる。現時点では、シノブゴケ属 Thuidium sp. としておこう。 誤りのご指摘、ありがとうございます。

[修正と補足:2007.07.10]
 昨日、千葉県立中央博物館に出向いたので、古木達郎博士に検討していただいた。コバノエゾシノブゴケ Thuidium delicatulum だとのことであった。あらためて、大きな枝の葉の先端の細胞を観察してみた。確かに、2〜4個の乳頭をもった細胞がある。

[修正と補足:2007.08.12]
 先に追加した、枝葉先端細胞の写真(7月10日)は、あまり明瞭とは言い難いので、この機会にあらためて、枝葉の先端細胞を撮影した図を追加することにした。
 コバノエゾシノブゴケの枝葉の先端細胞には、鈍頭で2〜4個の乳頭があるとされる。この種とよく似ているオオシノブゴケの枝葉の先端細胞は、鋭頭で平滑とされる。(q), (r), (s)の3枚は合焦位置を変えて撮影したものだ。先端細胞には、確かに複数の乳頭がある(t)。
 

 
 
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
 新たに写真を追加したきっかけは、オオシノブゴケとコバノエゾシノブゴケについて、両者の枝葉の先端細胞の写真が見たい、とのコメントをいただいたことによる。これで、オオシノブゴケとコバノエゾシノブゴケについて、枝葉の先端を比較できるだろう。