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[標本番号:No.223   採集日:2007/05/04   採集地:栃木県、那須塩原市]
[和名:イワイトゴケ   学名:Haplohymenium triste]
 
2007年7月6日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 ゴールデンウイークに採集した最後のコケをようやく観察することができた。塩原温泉の標高600m地点、沢沿いのカンバの樹幹に、細紐を絡ませて貼り付けたような状態で、薄いマットを作っていた。乾燥していたせいか、全くツヤがなかった。
 茎は不規則に分枝し、長いものでは7〜8cmあり、3〜25mmほどの長さの支枝を出している。乾燥状態で支枝の太さは、葉を含めて0.3〜0.4mm、葉が茎に鱗状に密着する(b, d)。湿らすと、葉が枝から直角に開き、枝の幅も1.0〜1.2mmほどとなる(c, e)。茎にも枝にも毛葉はない(f)。
 採取した標本では、主茎の葉は形が崩れ、大きさにはかなり変異があり、多くは枝葉と同じような形だが、先端が長く伸びたものが多い。枝葉は、長さ0.5〜0.8mm、卵形の基部にやや細い舌状の先端をつけたような姿で、ほぼ円頭、中肋が葉長の1/2あたりまで伸び、葉縁は全縁であるが、葉身細胞のパピラのため、微歯があるかのように見える(g, h)。
 葉身細胞は、六角形〜円形で、長径7〜12μm、表面に4〜6つのパピラがあり(i, j)、基部の中肋付近では、長さ12〜18μmほどの楕円形となって、パピラはない(j)。枝葉の横断面をみると、パピラは葉の背側に多く、葉縁では細胞を取り巻くようにパピラがみられる(k)。茎と枝の横断面をみると、表皮は厚壁の小さな細胞からなり、中心束はみられない(l)。

 全体が不規則に分枝した糸状で、1本の中肋が葉の中程に達し、葉身細胞にパピラがあり、乾燥すると葉が茎や枝に密着することなどから、イワイトゴケ属ないしキヌイトゴケ属だろうと見当をつけた。キヌイトゴケ属にしては、中肋が短く、枝葉の形も違和感がある。また、枝葉の基部の下延の形式が、キヌイトゴケ属の説明とそぐわない。
 イワイトゴケ属であると考えると、観察結果は、属の特徴にかかわる説明とほぼ一致する。属の検索表をみると、葉身細胞に複数のパピラがあるから、イワイトゴケ、コバノイトゴケ、イワイトゴケモドキの3つに絞られる。イワイトゴケモドキの枝葉はイワイトゴケのように折れやすくはないとされ、形も観察結果とやや異なる。
 標本の中肋の長さをよくみると、葉長の1/2を越えたものが多い(h)。これだけをみると、コバノイトゴケのようであるが、コバノイトゴケの葉身細胞は、4〜6μmであるという。標本の葉身細胞は、7〜12μmであり、イワイトゴケのそれと合致する。ただ、イワイトゴケの説明を読むと、中肋が葉長の1/2ないしそれより短いとある。中肋の長さと葉身細胞の大きさのいずれを、種の判定にとって重要な形質と捉えるか。ここでは、細胞の大きさをとることにした。
 生育環境を参照すると、イワイトゴケは「山地の岩や樹木の上」、コバノイトゴケは「低地の樹木に着生」とある。これらからイワイトゴケ Haplohymenium triste と判断した。