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[標本番号:No.289   採集日:2007/07/16   採集地:山形県、米沢市]
[和名:ホソバギボウシゴケ   学名:Schistidium strictum]
 
2007年8月7日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 米沢市の山中で、泉源脇の石垣を被っていた小さなコケを観察した(a, b)。茎は長さ8〜10mm、湿時は基部近くで葉が反り返り、乾時は巻縮せずに葉が茎に密着する(c)。
 葉は長さ1.2〜2mm、長卵形〜卵状披針形で、葉面は腹側に竜骨状に凹み、中肋が先端に達する(d)。葉縁はほぼ全縁だが、先端近くでは微細な歯があり、透明な尖などはみられない(e)。中肋背面には乳頭がある。また、無性芽のようなものは見つからなかった。
 葉身細胞は1層で、丸みを帯びた長さ6〜12μmの方形〜矩形、基部では長さ15〜30μmの矩形となり、いずれも、細胞壁が波打ったりひどく肥厚することはなく、細胞表面は平滑である。葉の横断面を切ってみると、葉先近くでは葉縁が複数細胞の厚みをもち(g)、葉の中央部(h)から基部(i)では、葉縁は1細胞層。中肋にステライドはない(g〜i)。
 茎を横断面でみると、中心束はなく、表皮はやや薄膜の中型の細胞から構成される(j)。茎の先端付近の葉は、湿時でも茎に密着している(c)。これは、どうやら苞葉らしく、それを剥がしてみると、造卵器らしき組織がでてきた(k)。凾つけた個体はいくつかあったが、いずれも剋浮ネどは不明瞭で、未成熟のまま干からびたり、胞子を放出し終わったものばかりだった。一方、葉の基部に埋もれたままの凾熨ス数みられた(l)。剳ソの表面には全体にわたって乳頭がある。

 さて、この蘚はどの属のものだろうか。シモフリゴケ属あるいはギボウシゴケ属にあたりをつけた。蓋をつけたは細長い筒状で柄の先に直立し、およそ擬宝珠形や卵形ではない。葉先に透明尖なく、葉身細胞に波形の肥厚も乳頭も無いから、シモフリゴケ属ではないだろう。
 残る可能性はギボウシゴケ属となる。何通りかの検索表にあたるが、観察結果と近い記述を見つけることができない。保育社の図鑑には、該当する種はみつからない。平凡社の図鑑の検索をたどると、チジレバギボウシゴケ、ソラニギボウシゴケ、タカネギボウシゴケ、ヤリギボウシゴケなどの枝に落ちる。それらの種についての記述や、Moss Flora of Japan にあたってみたが、観察結果に近い種類を見つけられなかった。
 何かを見落としているのか、観察結果を読み違えているのかもしれない。あるいはギボウシゴケ属ではないのかもしれない。ちなみに採取地点の標高はおおよそ1200mである。

[修正と補足:2007.08.29]
 昨日、菌類の件で筑波の国立科学博物館研究棟(三階)に出向いたので、その後、四階に樋口正信博士をたずねた。結論的にはホソバギボウシゴケ Schistidium strictum だった。重要な形質を見落としていたため、ギボウシゴケ科の検索表の適用を誤っていた。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
 ホソバギボウシゴケはギボウシゴケ属ではなく、シズミギボウシゴケ Schistidium である。ギボウシゴケ属の凾ノは口環があるが、シズミギボウシゴケ属の凾ノは口環がない。また、シズミギボウシゴケ属の凾ヘ、まっすぐな剳ソにつき雌苞葉に沈生する。
 最初に観察した標本には、長い柄をもった胞子体が数個あり、これが誤った思い込みに結びついた。沈生した凾ェ多数あったが(l)、これらは未成熟あるいは奇形の胞子体だとばかり思ってしまった。あらためて確認してみると、長い柄をつけた胞子体は4個体だけで、他の数十個体はすべて短い柄をもち(o)、凾ヘ雌苞葉に沈生していた(l)。長い柄をもつ凾つけた個体は、よく似た葉を持つ別種が混生していたと考えるのが妥当のようだ。
 さらにいくつもの凾みると、いずれも帽や蓋は欠落し剋浮ヘ上半部が欠損しているが、口環を持たず剋浮ヘ披針形である(p)。また、胞子は径8〜12μmで(q)、剳ヌの表皮細胞は薄膜で、やや横長の矩形(p, q)。また、普通の葉の先端には透明尖があるが(m)、雌苞葉の先端には透明尖はない。中肋背面には乳頭がある(n)。

 再度の観察結果に基づいて、あらためてギボウシゴケ科の検索表にあたると、シズミギボウシゴケ属に落ちる。次に属の検索表にあたると、ホソバギボウシゴケに落ちた。ありふれた種らしい。樋口博士の指摘にしたがって、形質状態を確認し直した結果、種名にまでたどり着くことができた。樋口博士、ご指導ありがとうございました。