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[標本番号:No.295   採集日:2007/07/15   採集地:山形県、米沢市]
[和名:エゾハイゴケ   学名:Hypnum lindbergii]
 
2007年8月20日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 山形県米沢市の山中、林道脇のジメジメした切り通しに出ていた蘚類を再検討した(a)。あいにく現地で生態写真を撮影しなかった。一度観察したのだが、どの属に落ちるのか全くわからず、そのうち忘れ放置されていた。それもあり、標本番号を与えたのもつい最近のことだ。

 標高1,200m、渓谷沿いの林道脇に緑色のマットをつくっていた。茎は不規則に分枝し、地をはう部分は褐色を帯び、長さ6〜8cm。細紐状に長く伸びた茎もある。枝は長さ1.5〜3cm、幅は葉を含めて2mm前後、比較的疎に茎葉をつける(b)。乾燥してもあまり姿は変わらない(c)。褐色の主茎には、疎らに茎葉がつき、茎や柄の表面に毛葉などはない(d)。
 茎葉は、長さ1.2〜1.5mm、幅広い基部をもち、広卵形で先端はやや鋭頭で、しばしば反り返る。葉先には微細な歯をもったものもあるが、ほぼ全縁で(g)、二叉する弱く短い中肋がある。茎葉の葉身細胞は、線形で、長さ30〜65μm、幅3〜6μm、平滑でやや厚い膜をもつ(f)。翼部は明瞭に分化し、細胞は大型で薄膜となっている(g)。
 枝葉は、長さ0.8〜1.2mm、やや広い基部を持ち、先端は鋭頭で軽く鎌状となり、ほぼ全縁で、二叉する短い中肋がある(h)。葉身細胞は線形で(i)、翼部(j)を含めて、茎葉とほぼ同様である。枝葉の横断面をみると、中肋はせいぜい2細胞層しかない(k)。
 茎や枝の断面をみると、いずれも表皮細胞は大型薄膜で、他の組織とは顕著に分化している(l)。茎の断面には中心束がみられるが、枝の断面でははっきりしない。

 どの属に該当するものやら、皆目見当がつかず、ほぼ1週間迷走した。観察結果に基づいて、「・・・ではありえない」方式で、ヤナギゴケ科、アオギヌゴケ科、ハイゴケ科の種の記述にあたって可能性を絞り込んでみたが、結局、いまだによくわからない。
 とりあえず、現時点ではヤナギゴケ科のシメリゴケ属としたが、ハイゴケ科ハイゴケ属の可能性も大きい。シメリゴケ属と考えると、ウスキシメリゴケ Hygrohypnum ochraceum に比較的近いように思えるが、葉先や中肋の様子などが図鑑の記述とは異なる。

[修正と補足:2007.08.21]
 識者の方から、エゾハイゴケ Hypnum lindbergii の可能性を指摘された。平凡社の図鑑とNoguchi "Moss Flora of Japan" の当該種を読むと、確かにその確率はかなりたかそうだ。Noguchi に、"Pseudoparaphyllia foliose." とある。そこで、偽毛葉の確認を試みた。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
 いくつかの枝の付け根や、若い枝が出る位置を観察するために、一次茎の葉を取り去った(m)。青色の丸印で囲ったあたりをみると、茎葉や枝葉とはやや異なった形の小さな葉がある(n)。若い茎の基部にも同じような小さな葉がある(o)。壊れないようにそっと取り外して顕微鏡で覗いてみた(p)。これは偽毛葉 pseudoparaphyllium なのだろうか。ついでに、枝葉の翼部をていねいに剥がして再確認するとNoguchiの図にあるような姿が見られた(q)。
 観察結果をエゾハイゴケについての記述と比較してみると、ウスキシメリゴケよりもずっと妥当性があるようだ。Noguchiには、葉の中程の葉身細胞の長さが50-70×3-4μmと書かれているが、これは変異の範囲といえそうだ。エゾハイゴケに修正するのが妥当のようだ。
 エゾハイゴケ所属については、ヤナギゴケ科のヤリノホゴケ属 Calliergonella とする立場もあるようだが、ここではハイゴケ科として扱っておく。ご指摘、ありがとうございました。