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[標本番号:No.313   採集日:2007/08/25   採集地:長野県、富士見町]
[和名:ヒヨクゴケ   学名:Hylocomiastrum umbratum]
 
2007年10月1日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 長野県の入笠山の標高1,815m付近で、腐植土や岩などを暗緑色のコケが広く覆っていた。現地でみたときは、シノブゴケ科の蘚だろうと思った。大形で、茎は長さ6〜10cm、不規則に羽状に分枝し、枝は階段状になる(c)。乾燥すると、葉が茎を軽く覆瓦状におおうが、湿時と大きな変化はない。茎や枝には枝分かれした多くの毛葉がある(e)。
 茎葉は、枝にややまばらにつき、長さ1.6〜2mm、三角形で葉先は長く尖り、縦皺が目立ち、葉縁の上半にだけ小さな歯をもち、2本の中肋が葉の中部に達する。茎葉の葉身細胞は、イモ虫状の線形で、長さ40〜60μm、幅4〜6μm、平滑であるが、葉先ではやや短く、基部から翼部では、大形の矩形となる(g〜j)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 枝葉は、茎葉よりずっと小さく、長さ0.8〜1.2mm、広い披針形〜三角形で、葉先は長く尖り、縦皺が目立ち、葉縁には全周にわたり歯があり、2本の中肋が葉の2/3まで達し、中肋先端は刺状に突出する(k, l)。枝葉の葉身細胞は、茎葉のそれとほぼ同じだが、若干短い(m)。翼部の方形細胞も小さい(n)。なお、茎葉(f)と枝葉(k)とは同一倍率である。
 毛葉は、基部が8〜12細胞幅で、披針形〜狭い三角形に伸び、随所から刺状に小枝を出したものが多く、中には1〜2細胞幅の鋭歯状だけのものある(o, p)。茎や枝の横断面を見ると、中心束の発達は悪く、表皮は厚膜の小さな細胞からなっている(r)。

 最初見たとき顕著な毛葉からシノブゴケ科だと思った。しかし、採取してみると、分枝した枝が階段状になっていた。さらにルーペで見ると、葉身細胞が線形で、中肋が2本ある。この時点でシノブゴケ科の線は消えた。
 茎や枝に毛葉を持ち、枝が階段状に伸び、中肋が2本あるとなると、属の可能性はかなり限定される。イワダレゴケ科の可能性が高いと思った。イワダレゴケ科で毛葉を持ち、葉に深い縦皺のあるのは、ヒヨクゴケ属 Hylocomiastrum だけとなる。
 ヒヨクゴケ属の種への検索表にあたると、茎葉の先が長く尖り、中肋が2本あることから、ヒヨクゴケ H. umbratum に落ちる。保育社の図鑑にはヒヨクゴケ属そのものが非掲載であり、平凡社の図鑑でも、単に種への検索表に1行の記述があるのみで、種の解説はない。Noguchi "Moss Flora of Japan" で H. umbratum を見ると(p.1198) 観察結果とほぼ一致する。そこには分布域は北海道と本州とあり、国内では希種となっている。