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[標本番号:No.355   採集日:2007/10/12   採集地:奈良県、上北山村]
[和名:キヨスミイトゴケ   学名:Barbella flagellifera]
 
2007年11月27日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 10月12日奈良県で、川に沿った薄暗い林道を走っていると、ガードレールから垂れ下がるコケが印象的だった(a〜c)。車を停めて採集した。高度計は330mを指していた。
 ガードレールから垂れ下がるコケの一次茎は、長さ30cmを超えていた。二次茎は5〜12cm、不規則に分枝して、ガードレールから垂れ下がっていた(c, d)。葉を含めた茎の幅は1〜2mm、葉には絹状のツヤがあり、二次茎の葉も枝葉もほぼ同じような形で、枝基部の葉と茎葉は、大きさもよく似通っている。ここでは、枝中央部の葉を観察に用いた。
 枝葉は、長さ1.5〜2mm、卵状基部から漸次細くなって延び、先端は芒状となっている(g〜i)。葉の中肋は弱々しく、葉長の中央付近で消え、葉縁には全周にわたって微細な歯がある。高倍率ルーペで葉をみると、表面がざらついてみえる。
 葉身細胞は線形で、長さ50〜75μm、幅5〜8μm、細胞中央に一つの乳頭がある(j, k)。翼部では、葉身細胞は方形〜矩形で、長さ10〜30μm、幅15〜20μm、やや厚膜である(l)。高倍率ルーペで葉裏面がざらついてみえたのは、乳頭のせいなのだろう。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
葉縁全周に微歯がある
 葉身細胞中央にある乳頭の部分を捉えて切断したかったので、葉の横断面を何枚も切り出した(m〜q)。葉全体は崩れやすく、中肋はとても弱々しい。横断面でみると、葉身細胞は円形のパイプ状で、乳頭は大部分が葉身細胞背面にあるが、腹面に乳頭をもつ細胞もある。
 あらためて、枝葉をよくみると、いずれも全周にわたって微歯がある。芒状になった部分の直下から翼部にいたるまで、途切れることなく微歯がみられる(s〜u)。図鑑によれば、キヨスミイトゴケでは「葉先近くの縁には小さな目立たない歯がある」とされる。

 植物体全体のすがた、枝葉や茎葉の形、葉身細胞が中央に一つの乳頭をもつこと、などからキヨスミイトゴケだろうと考えた。しかし、あらためて図鑑のキヨスミイトゴケについての説明を読むと、細胞の大きさ、葉縁の微歯が観察結果と異なることが気になった。
 あらためて、ハイヒモゴケ科の検索表をたどってみると、イトゴケ属 Barbella に近縁の属としてツヤタスキゴケ属 Pseudobarbella というものがある。この属の中のタカサゴサガリゴケ P. levieri の記述を読むと、葉縁全周の微歯と葉身細胞の大きさは観察結果とよく一致する。しかし、枝ぶりとか、二次茎への葉のつき方はやはりキヨスミイトゴケそのものだ。タカサゴサガリゴケの可能性を全く否定することはできないが、ここでは、キヨスミイトゴケとして扱っておくことにした。