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[標本番号:No.376   採集日:2008/01/01   採集地:静岡県、浜松市]
[和名:トウヨウネジクチゴケ   学名:Barbula indica]
 
2008年2月6日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 久しぶりにコケを観察する時間がとれた。今年の元旦、浜松市引佐町にある鍾乳洞竜ヶ岩洞(りゅうがしどう:alt 110m)に入った(a)。洞内の照明周辺に蘚類の群落が見られた(b)。せっかく小さな群落を頂いたのだが、これまでずっと放置していた。乾燥して葉が巻縮していたが(d, f)、水没させるとすぐに葉が開いた(c, e)。茎は緑色〜褐色で、枝分かれはなく、高さ10〜15mm。小群落の基部には暗褐色の仮根が密に厚いマットを作っている。
 
 
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 葉は長楕円状披針形〜長楕円状舌形で、長さ1〜1.3mm、ほぼ全縁で、先端は鈍く尖り、上部はやや内曲し、下部では葉縁の片側が内側に反るものが多い(g〜i)。中肋は緑色〜褐色で太く、葉頂にまで達し、わずかに突出するものがある。
 葉身細胞は、上部〜中央部では背腹両面とも多数の乳頭に被われ、暗く形がやや不明瞭で、長さは概ね6〜10μm、矩形〜多角形のようにみえる(j)。葉の下半〜基部では、薄膜で平滑な長方形で、長さ40〜60μm、明るくみえる(k)。
 葉腋や仮根には、卵形〜長卵形で、緑色〜褐色で短い柄をもち、多細胞からなる無性芽がある(l)。茎の葉腋には、分枝する毛葉のような組織がみられる(m)。
 葉の下部と上半部やや上あたりで、横断面を切り出してみた(n, o)。中肋には、中央に明瞭なガイドセルがあり、背腹両側にステライドが発達している。葉の中程の中肋背面では、表皮の一部がマミラ状になっている(o)。中肋背面の表皮細胞は長方形をしている(p)。
 茎の横断面には弱い中心束がある(q)。葉のKOH反応をみるため、乾燥標本のうちから2本を抽出して、ひとつを水に、いまひとつを5%KOHに没して、10分ほど経て取り出してみたが、特に葉身の色に変化は無かった(r)。

 茎は直立し、葉は披針形〜舌状、中肋横断面にガイドセルとステライドがある、葉身細胞にパピラがある、葉基部の細胞が透明、無性芽を持つ、などからセンボンゴケ科の蘚類であることは間違いないだろう。平凡社の図鑑によれば、センボンゴケ科の蘚類は、幅広い環境に生育するが、石灰岩地域に多いとある。別の図鑑には、分類の難しい科であるとある。
 当該標本には残念ながら胞子体をつけたものは無かった。初めに保育社図鑑の検索表をたどってみた。朔をつけた個体がないので、朔の状態によって分かれるところでは、両者の可能性をたどってみた。検索表からは観察結果に矛盾しない属はほとんどなく、わずかにクチヒゲゴケ属 Trichostomum の可能性を示唆しているように思えた。
 平凡社の図鑑で、検索表にあたってみたが、やはり朔がないので決め手に欠け、どの属におちるのかわからない。無性芽の形だけみると、ハマキゴケ属 Hyophila を思わせるが、葉身細胞がマミラ状ではない。また、葉腋から出る毛葉状の組織(m)が葉腋毛だとすると、透明なので、ネジクチゴケ属 Barbula も考慮する必要があるが、掲載された種にしっくりくるものはない。
 Noguchi "Moss Flora of Japan" にもあたってみたが、観察結果と比較的近いものというと、オウムゴケ属 Hymenostylium、クチヒゲゴケ属が候補に上る。しかし、オウムゴケ H. recurvirostre は柄の付いた卵形の無性芽(l)をつけるのだろうか。クチヒゲゴケ属についても、掲載種のどれも無性芽のことには触れていない。こうなると完全にお手上げである。現時点では、どの属におちるのか、全くわからない。

[修正と補足:2008.04.17]
 今日、つくば市の国立科学博物館研究棟を訪問して、本標本がトウヨウネジクチゴケ Barbula indica だろうとの見解をいただいた。大きな決め手は無性芽の存在と形態だということであった。さる2月25日に標本と観察記録をあずけて、同定を依頼してあったものだ。
 樋口先生、ありがとうございました。