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[標本番号:No.377   採集日:2008/01/06   採集地:埼玉県、川口市]
[和名:ヒロハツヤゴケ   学名:Entodon challengeri]
 
2008年2月10日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 1月に川口市の安行地区(alt 60m)にツバキキンカクチャワンタケの観察に出向いたとき、桜の老木の根元樹幹に多数の朔を付け群落をなしていたコケを採集した(a)。茎ははい、不規則鳥脚状に平面的に分枝する。乾燥しても湿っていても葉の様子はほとんど変わらない(b)。
 葉は扁平に茎や枝に付き、卵状楕円形で深く凹み、葉先は鈍く尖り、全縁、枝上半の葉で長さ1〜1.3mm(d)、枝基部付近で長さ1.2〜1.6mm(e)。中肋は二叉して短く、ときに不明瞭(f)。なお、葉の基部は下延せず、茎や枝に毛葉などはみられない。
 葉身細胞は、葉先付近では長い多角形〜紡錘形で、長さ20〜40μm、葉の中央部では線形で、長さ50〜75μm、いずれも幅は5〜8μm、平滑で膜は薄い。葉の翼部には方形〜矩形の大型細胞が、縁から中肋部まで連なっている(i)。葉の横断面をみると、中肋は2細胞の厚みを持っている(j)。茎の横断面には弱い中心束がある(k)。雌苞葉は披針形で、茎葉などよりはるかに長く、長さ3〜4mmに達し、基部は鞘状に朔柄を包む(l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 朔柄は明褐色で、長さ8〜13mm、表面は平滑。朔は長卵形で直立し、僧帽状の白色の帽をかぶり(a)、蓋は嘴状に尖り(m)、朔には口環がよく発達している(o, p)。観察した個体は、どれも朔内に胞子が充満しており、純粋に朔歯だけを観察することができず、外朔歯と内朔歯の詳細な状態を明瞭には捉えられなかった。外朔歯の表面は細かいパピラに被われ、基部には横条がある(o〜q)。胞子は球形で、径15〜20μm(q)。水などで封入せずにみた胞子は、空気の抜けたボールのような姿にみえる(r)。

 茎がはい、葉が深く凹み、中肋が二叉して短く、葉身細胞が線形、朔が卵形で直立し、雌苞葉が披針形で長い、などから、ツヤゴケ科 Entodontaceae、サナダゴケ科 Plagiotheciaceae、ナワゴケ科 Myuriaceae、ナガハシゴケ科 Sematophyllaceae などが候補に上る。
 当該標本の仮根にはパピラはなく、葉が扁平に付き、翼部の細胞は薄膜であることから、ナワゴケ科は排除される。葉の翼部の細胞が中肋付近まで明瞭に分化し、茎の横断面で表皮細胞はさほど大きくないから、サナダゴケ科も排除される。
 検討するのはツヤゴケ科とナガハシゴケ科だけでよさそうだ。ナガハシゴケ科の蘚類は、以前にも3種ほど観察しているので、まずこの科の検索表にあたってみた。鞭枝や無性芽はないので、かなり絞られるが、葉が深く凹んだものはない。どうやらナガハシゴケ科ではなさそうだ。
 ツヤゴケ科の検索表をたどってみた。ツヤゴケ属 Entodon らしい。属内の検索表をたどっていくと、ヒロハツヤゴケ E. challengeri にたどりついた。ツヤゴケ属の検索表は、保育社図鑑と平凡社図鑑の両者ともに、ほぼ似たような形質状態を基準に作られている。分類もほぼ完了して学説も安定しているということだろうか。
 種についての解説を読んでみると、ヒロハツヤゴケとしてよさそうだ。Noguchi "Moss Flora of Japan" の当該種についての記載をよむと、ほぼ一致する。北半球に広く分布し、朔をつけやすく、4つの大きな形態的特徴から識別の容易な蘚類だとある。