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[標本番号:No.386   採集日:2008/03/01   採集地:千葉県、君津市]
[和名:キヌゴケ   学名:Pylaisiella brotheri]
 
2008年4月9日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 3月1日に千葉県君津市の久留里城址で採集したコケがまだひとつ残っていた。この最後の一つを今日やっと調べることができた。標高140mあたりの陽当たりのよい樹幹についていた小さな蘚類だ(a)。幸いなことに採取した標本には朔がついていたが、帽は失われていた(b)。
 茎は樹幹をはい、長さ1〜2cm、不規則な羽根状に長さ3〜4mmの枝をだす。乾燥時は葉が上向いて、先が弱く鎌形に曲がるが、湿ると葉が茎から離れる。茎の腹面からは、かなりの頻度で随所から仮根が束になってでている(c, d)。
 茎葉は長卵形〜狭い三角形で、長さ0.8〜1.2mm、葉先が鋭く針状に伸び、全縁。中肋は弱い二叉状だが、ほとんど中肋の確認できない葉も多い(e)。枝葉は、長さ0.5〜1mm、卵形〜披針形で、葉先は急に細くなって長く伸びる(f)。
 いずれの葉も、葉身細胞は線形で、幅4〜5μm、長さ40〜60μm(g)、葉先では幅が5〜7μm(h)、表面は平滑である。茎葉、枝葉ともに、翼部が明瞭に分化し、10〜12μmの矩形や方形の細胞が整然と連なる。茎葉では6〜7列で、葉縁に沿って20〜25の細胞が連なり(i)、枝葉では4〜6列で、葉縁に25〜30の細胞が連なる(j)。
 葉の基部近くで横断面を切り出してみると、弱い中肋は小形2層の細胞からなり、翼部の方形の細胞が大きく見える(k)。茎の横断面では、表皮細胞はやや厚膜で、髄部の細胞より一回り小さい(l)。中心束の有無ははっきりしない。枝の横断面でもこれらは同様。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
 朔柄は長さ6〜8mmで表面は平滑(m, o)、朔は卵形で直立し、左右相称、朔歯は16枚(n)。蓋は失われていて形態は不明。朔歯は内外二列からなるが、基部から全長の2/3あたりまでは、完全に癒合して分離することはできない(p)。
 外朔歯の側(q)、内朔歯の側(r)から、両者を観察したが、いずれの面でも表面は微細なイボがあり、内朔歯側では、間毛や歯突起のような構造が見られる(r)。朔壁はやや厚膜で1層の細胞からなる表皮と、複数層の大型薄膜の細胞からなる(s, t)。朔柄の横断面も確認した(u)。胞子は、径20〜24μmが多く、一部に28μmがあった。

 茎ははい、不規則に羽根状に分枝する。葉の先端が急に細長くなり、わずかに鎌形に曲がる。非常に短く弱い二叉する中肋。線形の葉身細胞、明瞭に翼部が分化。などから、ナガハシゴケ科 Sematophyllaceae、あるいはハイゴケ科 Hypnaceae が候補にあがる。内朔歯や葉の翼細胞の形態などから、ナガハシゴケ科ではなさそうだ。
 ハイゴケ科の検索表をたどると、キヌゴケ属 Pylaisiella、キヌタゴケ属 Homomallium、ホンダゴケ属 Hondaella などが候補に残る。内朔歯の観察結果からホンダゴケ属は外してよさそうだ。また、中肋が非常に弱いことから、キヌタゴケ属も除外できる。のこるはキヌゴケ属だけとなる。
 キヌゴケ属の検索表は、保育社図鑑では、内外朔歯の癒着状態、葉縁に並ぶ翼細胞の数、胞子サイズなどで、分かれる。一方、平凡社図鑑では、朔の形、葉の翼細胞の数、内朔歯の様子などでわかれ、胞子サイズは使われていない。
 どちらの図鑑の検索表に準拠しても、本標本はキヌゴケ P. brotheri に落ちる。キヌゴケについての記述を読むと、観察結果と概ね一致する。しかし、両図鑑の検索表ともに何とも歯切れが悪い。かなり曖昧な形質状態を根拠に枝分かれさせる検索表だと感じる。いかにも未整理の属といった印象を受けた。
 なお、朔歯を観察するにあたり、水で封入してしまったために、随所に水泡が残ってしまい、撮影結果にはかなり悪影響を及ぼしている。これらは、70%エタノールで封入すれば、気泡などはできず、鮮明で綺麗な映像が得られたのではないかと思う。