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[標本番号:No.516   採集日:2008/09/03   採集地:北海道、上川町]
[和名:アラエノヒツジゴケ   学名:Brachythecium reflexum]
 
2008年9月10日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 北海道上川町の友人から蘚類が、チャックつきポリ袋に入った状態で送られてきた。9月3日に大雪山の銀泉台周辺(alt1 500m)で樹幹についていたという(a, b)。すっかりペシャンコになってほとんど乾燥していたが、開けてみると、朔をつけた個体もいくつかあった(c)。
 茎ははい、不規則羽状に分枝する。乾燥時は、葉が軽く茎に密着し、葉を含めた枝の幅は0.5mm程度(d)。湿らすと、葉は展開し、葉を含めた枝の幅は1〜1.2mmほどになった(e)。茎葉は長さ1.1〜1.5mm、葉身部は広卵形〜三角形で、基部の少し上が最も幅広く、先は急に細くなり、長い先鋭部となり、葉縁は全縁(f, g, i)。基部は茎に下延する。枝葉は長さ0.6〜0.9mm、卵形で急に細くなり、全周にわたって微細な歯がある(f, g, k)。上半部にのみ歯をもつ葉もある。
 茎葉の葉身細胞は、長い六角形〜紡錘形で、葉の上半部から中程では、長さ25〜40μm(h)、下半部では長さ30〜55μm、いずれも幅は6〜9μmで平滑。基部では、長さ20〜30μm、方形〜矩形の細胞が翼部から中肋にまで広がり、明瞭に膨らんでいる(j)。枝葉の葉身細胞も、ほぼ茎葉のそれと同様なので、葉先と基部だけを掲載した(k, l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 念のために茎葉の横断面を切り出してみたが、うまく行かなかっ(m)。しかし、中肋にステライドがないこと、基部の横断面では細胞が大きく膨らんでいることは確認できた。茎の横断面には中心束があり、表皮細胞は髄部と比較して小さな細胞からなる(n)。
 朔は傾き非相称で卵形で、朔柄は、長さ15〜20mm(o)。朔柄には、朔直下から雌苞葉に至るまで、全体にわたって表面に微細な乳頭がある(p)。朔柄の横断面と表面を拡大してみると乳頭の様子が顕著にわかる(q)。朔の帽は失われていたが、蓋は乳頭状であまり尖っていない(p)。
 朔歯は二重でそれぞれ16枚。外朔歯は披針形〜狭い三角形で、横条があり、先端は割れていない(r)。内朔歯は外朔歯とほぼ同じ高さで、基礎膜はあまり高くない。口環はみられない。朔表面の気孔の有無ははっきりわからなかった。胞子は老成したものと未成熟のものしかないので、球形であることだけを確認し、サイズなどは計測しなかった。

 翼細胞は未分化、やや乾燥した場所に生育することなどから、ヤナギゴケ科 Amblystegiaceae ではなく、アオギヌゴケ科 Brachytheciaceae の蘚類だろう。朔は傾き非相称、朔の蓋は長くとがらず、内朔歯の突起は外朔歯とほぼ同長、などからアオギヌゴケ属 Brachythecium だろう。
 平凡社図鑑で属から種への検索表をたどった。記された形質に観察結果を照合しながらたどっていくと、アオギヌゴケ B. populeum、カギヤノネゴケ B. uncinifolium、アラエノヒツジゴケ B. reflexum の3種が候補に残った。
 朔柄表面の乳頭は上半部だけではなく全体に及ぶことから、アオギヌゴケは排除できる。カギヤノネゴケかアラエノヒツジゴケかについては、平凡社図鑑からだけでは明瞭には区別できそうにないが、どちらかというとアラエノヒツジゴケに歩がある。Noguchi "Moss Flora of Japan" の記述と図版を参照すると、アラエノヒツジゴケとするのが妥当と思われる。
 平凡社図鑑には発生環境を「林内の岩上」としているが、樹幹に着生してもおかしくない。さらに同図鑑の検索表では、茎葉に縦皺がほとんどなければアオギヌゴケ、縦皺があればカギヤノネゴケとアラエノヒツジゴケを含むグループに分けているが、本標本の茎葉には縦皺はない。野口『日本産蘚類概説』ではアラエノヒツジゴケの解説中に「縦じわはない」と明瞭に記されている。なお、保育社図鑑にはカギヤノネゴケは記されているが、アラエノヒツジゴケは掲載されていない。