HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.505   採集日:2008/09/01   採集地:秋田県、由利本荘市]
[和名:カマシッポゴケ   学名:Kiaeria falcata]
 
2008年10月3日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 手元には6月に三重県、7月に岐阜県と山梨県、8月に栃木県と秋田県、9月に宮城県と群馬県で採集したミズゴケ類標本が11点ほど溜まったままだが、連日の菌類標本の処理などに追われて、じっくりとミズゴケ類を観察している時間が確保できない。
 ミズゴケは無理でも、それ以外の蘚類ならば多少の時間のやりくりで何とかなると思い、先月初め鳥海山中腹で採集したシッポゴケ科と思われる蘚類を観察した。標高1,440mあたりで登山道の脇の岩に朔をビッシリつけてついていた(a, b)。茎は高さ1〜2cm、乾燥しても葉はほとんど縮れず、同方向に偏って鎌形に曲がる。泥汚れがひどく、観察にかなりの支障がでた。
 葉は鎌形に曲がり、長さ2.5〜4mm、卵形の基部から細くなり披針形に長く伸びる。芒となった先端部には微細な歯があり(g)、それに続く細い部分の中肋上には小さな乳頭がある(h)。葉先付近以外では、葉縁は全縁。中肋はやや細く、葉頂に達する。
 葉身細胞は長い矩形で、長さ20〜50μm、幅6〜8μm、壁はやや薄く、表面は平滑(i)。上部では短く、基部に近づくにつれ長くなる。翼部の細胞はやや膨らみをもった矩形で、長さ20μ前後、幅10〜12μm、褐色をしている(j)。葉の横断面をみると、中肋にはステライドはなく(k)、翼部の細胞の膨らみが分かる(l)。茎の横断面では、中心束の有無ははっきりしない(m)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 採集した標本には朔が多量についていた。朔柄は長さ6〜8mm(c)、表面は平滑。朔は、非相称でやや傾いてつき、卵形で、僧帽状の帽、くちばし状の蓋をもち、朔基部にはしばしば小さな瘤がある(n, o)。朔表面には基部近くに気孔がある(q)。朔を横断面で輪切りにしてみた(r)。朔の外壁細胞はやや厚膜だが、内壁の細胞は大形で薄膜(s)。朔柄の横断面には中心束がある(t)。
 朔歯は一重で16枚、披針形で、中程から先は二裂している。朔歯下部には横条があり、細くなった上部は微細な乳頭に被われている(u〜w)。胞子は球形で、径12〜18μm。なお、口環の有無はよくわからなかった。有ると思えばあるように、無いと思えばないようにみえた。

 茎は立ち、鞘部のある葉は披針形、朔歯が一重、葉身細胞は平滑、帽は僧帽形、などからシッポゴケ科 Dicranaceae には間違いなさそうだ。採集当時、現地には保育社図鑑を持っていったのだが、検索表をどう解釈してたどっても、該当する属がみあたらなかった。
 約1ヶ月放置したままだったが、今日は平凡社図鑑の検索表をていねいにたどってみた。観察結果を照らし合わせながらたどると、キシッポゴケ属とカマシッポゴケ属が候補となる分岐にたどり着く。幸い胞子体がついているので、これをみればキシッポゴケ属ではないことが判明する。残るのはカマシッポゴケ属 Kiaeria だけとなった。
 保育社図鑑には、日本産3種とあり、そのうちの2種の名が載り、1種については解説と図が、いまひとつは写真だけが掲載されている。簡略な検索表をたどると、カマシッポゴケ K. falcata となる。Noguchi "Moss Flora of Japan" にもこの両種のみ掲載されている。カマシッポゴケについての記載を読むと、おおむね観察結果と一致する。