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[標本番号:No.538   採集日:2008/10/18   採集地:山梨県、鳴沢村]
[和名:ミヤマリュウビゴケ   学名:Hylocomiastrum pyrenaicum]
 
2008年11月4日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 ミズゴケ類はまだしばらく棚上げにして、10月に富士山山梨県側の標高2300m付近の腐植土や岩上に群生していたコケを観察した。大形で、不規則に羽状に分枝する。茎は赤褐色で階段状にはならず、葉を緩く覆瓦状につけ、乾燥してもあまり姿はかわらない(a〜c)。
 茎は葉を含めて幅18〜25mm、一次茎は長いものでは20cmに及ぶ。枝は葉を含めた幅が15〜20mm、長さ0.5〜2cm。茎や枝の表面には、1〜2細胞幅からなる枝分かれした毛葉が無数につく(d, q)。茎葉は長さ1.8〜2.2mm、深い縦皺があり、広卵形で、先は急に細くなり、葉縁の上半には鋭い歯がある。中肋は1本で、葉長の3/4〜4/5に達する(e〜h)。
 枝葉は長さ1.5〜2mm、茎葉よりずっと細く、卵形〜披針形で葉先は急に細くなり、葉縁の上半には鋭い歯がある(e, f, k)。中肋は1本で、葉長の1/2〜3/4に達し、背面先端は鋭い牙となっている(l)。カバーグラスをかけると縦皺が生じる(k)。枝葉と茎葉をキッチンペーパーに載せて、湿った状態と乾燥した状態で撮影した(e, f)。湿っているとき、茎葉には深い縦皺があり、枝葉には縦皺はなく凹んでいる(e)。すっかり乾燥すると、枝葉にも縦皺が目立つようになる(f)。
 葉身細胞は、茎葉でも(i, j)、枝葉でも(m〜o)ほぼ同様で、葉身の大部分では長楕円形〜ウジ虫状で、長さ30〜45μm、幅4〜5μm、平滑(i, m)。葉の翼部では大形矩形の褐色細胞がならび、基部の細胞では壁にくびれがある(j, o)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 葉の横断面を切り出した。中肋は弱く、ガイドセルもステライドもない(p)。分枝した毛葉の先端は鋭く尖っている(q)。茎と枝の横断面を同一比率で並べてみた(r)。茎の横断面には弱い中心束がみられるが、枝の横断面には中心束はない。いずれも表皮は厚壁の小さな細胞からなる。

 イワダレゴケ科の蘚類だろう。平凡社の図鑑で属への検索表をたどると、茎に毛葉があり、茎葉には強い縦皺があり、枝葉の中肋は葉の中部以上に達し、中肋先端に刺があることから、ヒヨクゴケ属 Hylocomiastrum となる。保育社図鑑ではイワダレゴケ属 Hylocomium の一種としてヒヨクゴケ科 Hylocomiaceae イワダレゴケ属に分類されている。
 平凡社図鑑のヒヨクゴケ属には3種が記され、そのうちミヤマリュウビゴケ H. pyrenaicum とシノブヒバゴケ H. himalayanum についてだけ解説され、ヒヨクゴケ H. umbratum については、検索表に「茎葉の先は長く尖る。中肋は2本」とだけ記される。さらに、イワダレゴケ属については、日本産1種としてイワダレゴケ Hylocomium splendens だけを記している。また、保育社図鑑でヒヨクゴケ科に配属されているフトリュウビゴケ Loeskeobryum cavifolium についても、平凡社図鑑ではフトリュウビゴケ属を立て、日本産1種として解説されている。
 観察結果をもとに、平凡社図鑑のヒヨクゴケ属の検索表にあたると、ミヤマリュウビゴケに該当する。種の解説を読むと、観察結果とほぼ合致する。