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[標本番号:No.520   採集日:2008/09/27   採集地:群馬県、片品村]
[和名:ウロコミズゴケ   学名:Sphagnum squarrosum]
 
2008年11月8日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 久しぶりにミズゴケをじっくり観察した。9月27日に日光白根山北面中腹で採集したものだ。登山道の標高1800mあたりのジメジメした道脇の斜面を一面に覆っていた(a)。多数の朔をつけていた(b, c)。黄緑色〜淡緑色で、茎は高さ6〜12cm、径0.6〜1.2mm。枝葉は6本ほどが束になり、細い棒状の下垂枝は、鱗状の開出枝とほぼ同じ長さか、やや短い(e, f)。茎の表皮細胞は平滑で、孔はなく、螺旋状の肥厚もない(g)。茎は横断面で、表皮細胞は2〜3層(h)。
 開出枝は長さ8〜12mm、葉を含めた幅は1〜1.5mm。一方、下垂枝は長さ6〜12mm、葉を含めた幅は0.8〜1mm。開出枝では葉が膨らみを持ってつき、下垂枝では葉が茎に密着してついているので、外見上は、開出枝が下垂枝よりはるかに太くみえる(f)。
 茎葉は長さ1.6〜2.2mm、舌形で、舷は基部の縁にだけあり、2〜3列の狭い細胞からなり、葉頂は丸く、わずかにささくれる(i〜k)。茎葉の透明細胞は、葉頂部付近では膜壁がないものもあるが、葉の大部分では明瞭な隔壁を持ち、葉の下半部では透明細胞と葉緑細胞との境界に乳頭のような構造が見られる(l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 開出枝の葉は、長さ1.5〜2.2mm、基部は広卵形で鞘状に枝を包み込み、中程から先は急に細くなって反曲する(m, n)。このため、開出枝そのものが太くてささくれて見える(f)。枝葉の透明細胞を、半曲した上部背面(o)、卵形の中央部背面(p)、半曲舌上部腹面(q)、卵形の中央部腹面(r)と観察した。透明細胞には大きな孔があり、腹面の孔では縁の肥厚したものがみられる。ここには各部位で1枚の画像だけを掲げたが、合焦位置を変えながら観察すると、腹面の孔の肥厚と偽孔は明瞭にわかる。さらに倍率を上げて透明細胞と葉緑細胞との境界面をみると、茎葉と同じように微細な乳頭がある(s)。
(開出)枝葉の透明細胞
(o) 背面上部、(p) 背面中央部、(q) 腹面上部、(r) 腹面中央部

 開出枝の表面(t)、横断面(u)をみると、穴のあいた筒部が非常に短いレトルト細胞が2〜3列ある。画像は取り上げなかったが、下垂枝でもほぼ同じだった。開出枝の葉を横断面でみると、葉緑細胞は樽形〜台形で、背腹両面に開いている(v, w)。葉上部では背腹両面ともほぼ同じような開き方だが(v)、葉中央部ではこころもち背面に広く開く(w)。透明細胞と葉緑細胞の境界には、横断面でみても明らかに微細な乳頭がある(x)。茎葉下半部の高倍率画像も掲げた(y)。
 
 
 
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
(ag)
(ag)
(ah)
(ah)
(ai)
(ai)
(aj)
(aj)
 朔は円形の蓋をもち(z)、むろん朔歯はない(aa)。朔を縦断面でみた(ab)。白色薄膜状のカリプトラは、乾燥状態では明瞭にわかるが、湿っていると朔表面に密着してわかりにくい。胞子は丸味を帯びた四面体で、合焦位置をかえると、稜の部分に割れ目の様なスジがみえる(ac, ad)。朔の表皮細胞には孔のような構造が散見される(ae)。朔壁の横断面を確認した(af)。
 先に開出枝の葉について詳細に記したが、下垂枝についても画像の一部を掲げておこう(ag〜aj)。いずれもサフラニンで染めてある。下垂枝の葉は上半部でも反曲しない(ag)。透明細胞の画像は、(ah)が腹面上部、(ai)が腹面中央部、(aj)が背面中央部のものだ。

 肉眼的観察からウロコミズゴケ節 Sect. Squarrosa のミズゴケであると思った。枝葉がやや小さいので、ホソミズゴケ S. teres の可能性もありうると思ったが、観察結果を総合的に判断すると、ウロコミズゴケ S. squarrosum として間違いなさそうだ。
 同定のためだけであれば、茎や枝の表皮細胞、茎葉の形、枝葉の形、枝葉背面の透明細胞、枝葉横断面の葉緑細胞を観察すればよいのだろう。ウロコミズゴケをアップするのは、これが4件目となる。一度は詳細な記録を載せておくのもよかろうと考えて、退屈で冗長な記録をそのまま掲げることにした。また、今回は検鏡写真にスケールバーを入れなかった。(開出枝の)枝葉については、主にサフラニンで染めた状態で観察したが、アップした写真は水で封入したものだけに限った。たしかに、偽孔や糸などはサフラニンで染めると明瞭にわかる。ただ、検鏡画面を撮影するとなると、一枚の画像にすべての情報を載せることはできず、合焦位置を少しずつずらした画面を並べなくてはならない。あたりまえだが、写真は手書きの図版には及ばない。
 茎葉や枝葉の透明細胞と葉緑細胞との境界面に微小な乳頭があることは、手元にあるどの図鑑にも記述がみられなかった。過去に採集したウロコミズゴケ標本を再検討してみると、ほとんどの葉の細胞境界面には微小な乳頭があった。ただ対物40倍レンズまでだと、よほどていねいに観察しないとわかりにくい。葉の横断面(w, x)だけをみせられたら、イボミズゴケS. papillosum と思ってしまいそうだ。

[修正と補足:2009.9.1]
 胞子の形について、「胞子は丸味を帯びた四面体」と記したがこれは誤りで、中央部が凸状に膨らみ縁が薄い球状三角形をしている。ヒメミズゴケ S. fimbriatum の事例(標本No.699)だが、側面からみると、凸レンズのようにみえる。正面観と側面観がかなり異なる形状だ。水封せずにみると、また違った姿を見せてくれる。