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[標本番号:No.503   採集日:2008/08/31   採集地:秋田県、由利本荘市]
[和名:コサンカクミズゴケ   学名:Sphagnum recurvum var. tenue]
 
2008年11月12日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 8月31日に秋田・山形の県境に位置する鳥海山に登った。北面秋田県側から山頂に向かうと途中に数ヶ所の湿原が広がっている。標高1200m付近の湿原で数種のミズゴケを採集した(a)。そのうちのひとつ、枝を疎らにつけ、細身でやや大形のミズゴケを観察した(b, c)。
 高層湿原の水に浸った一画に群生していたミズゴケは、これまで見てきたミズゴケとはずいぶん異なる印象を受けた。枝がかなり疎であり、開出枝の形と下垂枝の形との間に極端な違いを感じない(e)。さらに、乾燥しはじめると葉の縁が波打ちはじめた(f)。
 茎は長さ10〜15cm(d)、開出枝と比較すると下垂枝がやや長いものが多い(g, h)。茎葉は枝葉より短く(i)、長さ0.7〜1.1mm、ほぼ正三角形で(j)、葉先はさほど尖らずわずかに総状で(k)、葉縁には舷が広がり、中部で葉幅の2/3〜3/4ほどに広がる(j, l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 茎の表面は、長い矩形の細胞からなり、孔などは見られない(m)。茎の横断面で、表皮細胞は2〜3層あるが、木質部との境界は不明瞭で区別できない(n, o)。枝の表皮細胞には1〜2列のレトルト細胞があり(r)、レトルト細胞の口は短い(q)。開出枝でも下垂枝でも違いはない。
 
 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
 開出枝の葉は、長さ1.2〜1.5mm、長卵形〜披針形で、葉頂は尖り、やや片側に歪んだものが目立つ。一方、下垂枝の葉は、開出枝の葉より若干小さく、長さ0.9〜1.3mm、葉の形や先端の様子などは、開出枝の葉とほぼ同じ。
 開出枝の葉と下垂枝の葉について、サフラニンで染色した状態で、それぞれ腹面と背面の上部と中央付近の葉身細胞を観察した(s〜v, y〜ab)。また、それぞれの横断面を切り出した(w,x; ac, ad)。以下にそれぞれの画像を整理して列挙しておこう。

(s) 開出枝の葉腹面上部、(t) 開出枝の葉腹面中央、(u) 開出枝の葉背面上部、(v) 開出枝の葉背面中央、(w) 開出枝の葉横断面、(x) 開出枝の葉横断面(高倍率)
(y) 下垂枝の葉腹面上部、(z) 下垂枝の葉腹面中央、(aa) 下垂枝の葉背面上部、(ab) 下垂枝の葉背面中央、(ac) 下垂枝の葉横断面、(ad) 下垂枝の先端付近の葉横断面

 これをみると、開出枝の葉中央部の透明細胞には、端に小さな孔があり(t, v)、開出枝の葉上部の透明細胞には、孔はあまりない(s, u)。また、下垂枝の葉中央の透明細胞には貫通する孔があり、偽孔もある(z, ab)。下垂枝の葉上部の透明細胞には、さらに顕著に貫通するあなと偽孔が見られる(y, aa)。開出枝でも下垂枝でも葉の横断面で、葉緑細胞は正三角形〜二等辺三角形で、背面に広く開いているが、腹面にはほとんど、あるいはあまり出ない(w, x; ac, ad)。

 茎や枝の表皮細胞に細い螺旋状肥厚がないから、ミズゴケ節 Sect. Sphagnum ではない。枝葉の先端は狭く、横断面で葉緑細胞は背面に広く開くから、キレハミズゴケ節 Sect. Insulosa やキダチミズゴケ節 Sect. Rigidaではない。枝葉の透明細胞背側に多数の小孔はみられないから、ユガミミズゴケ節 Sect. Subsecunda ではない。さらに、枝葉の横断面で葉緑細胞の底辺が腹側にはないからスギバミズゴケ節 Sect. Acutifolia ではない。枝葉の横断面で葉緑細胞は樽型ではなく、葉縁には幅広く舷がみられるからウロコミズゴケ節 Sect. Squarrosa でもない。残るのはハリミズゴケ節 Sect. Cuspidata のみとなる。
 平凡社図鑑でハリミズゴケ節の種への検索表をたどると、Sphagnum recurvum に落ちる。この種には、わが国では S. recurvum var. recurvum (アオモリミズゴケ)、S. var. brevifolium (サンカクミズゴケ) 、S. recurvum var. tenue (コサンカクミズゴケ) の三変種が知られているとされる。本標本の観察結果は解釈の仕方によって、アオモリミズゴケにもサンカクミズゴケにもなる。そこで、滝田(1999)の検索表にあたると、サンカクミズゴケに落ちる。あらためて、滝田の図と解説をじっくりよむと、サンカクミズゴケとしてよさそうだ。

[修正と補足:2008.11.25]
 標本No.558(非掲載)を観察・検討したところ、コサンカクミズゴケ Sphagnum recurvum var. tenue と同定するのが適切と判断した。その検討過程で、以前そっくりな観察結果の標本があることに気づいた。それが本標本No.503だった。あらためて、アオモリミズゴケの変種とされるコサンカクミズゴケとの相違点を中心に、本標本を再検討してみた。
 再検討の結果に基づいて新たに20枚ほど撮影した。しかし観察写真を追加したり差し替えるまでもなく、当初の画像そのものに、下垂枝の葉透明細胞の背面上端に大きな貫通する孔が明瞭に捉えられている(aa)。これはコサンカクミズゴケに特徴的なものだとされる。付随的には、茎の表皮細胞はアオモリミズゴケの矩形に対して、コサンカクミズゴケでは長い矩形となり(m)、茎葉はアオモリミズゴケより相対的に小さいことなどが上げられる。


◎滝田謙譲 1999, 北海道におけるミズゴケの分布およびその変異について. Miyabea 4 (Illustrated Flora of Hokkaido No.4 Sphagnum): 1-84.