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[標本番号:No.605   採集日:2009/03/14   採集地:三重県、松阪市]
[和名:オオミズゴケ   学名:Sphagnum palustre]
 
2009年3月25日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 休耕田跡の湿地、(b, c) ミズゴケ類、(d) 乾燥標本、(e, f) 開出枝と下垂枝、(g) 茎についた茎葉、(h) 同左:サフラニン染色、(i) 茎の表皮細胞、(j) 茎の横断面、(k) 茎葉と枝葉の開出枝と下垂枝、(l) 茎葉

 3月14日、三重県松阪市の友人宅からほど近い休耕田跡の荒れた湿地でミズゴケを採集した。大きな群落をつくり、頭部がボテっとした感触で、引き抜いてみると長さ25〜35cmという長い茎が現れた(d)。茎は茶褐色で、開出枝より下垂枝がやや長い(e, f)。
 ミズゴケ観察の常で、観察する個体を最初にサフラニンで染色した。まず枝をすべて取り去り、茎と茎葉の観察に取りかかった。サフラニンで染める前と後の茎葉の様子を撮影した(g, h)。茎の表皮細胞には1〜4つの穴があり、表面には細い螺旋状の肥厚がある(i)。茎の横断面で、透明で大形の表皮細胞は3〜4層の厚みがあり、木質部とは明瞭に分化している(j)。
 茎葉は、開出枝の枝葉よりわずかに短めで、下垂枝の枝葉よりやや長い(k)。茎葉は上半がやや広い舌型で、長さ1.8〜2.5mm、葉縁に舷はなく、上半の縁には微歯があるか全縁で、透明細胞の腹面には糸と偽孔があり、背面はほぼ平滑で一部に糸が見られる(k〜o)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 茎葉の先端腹面、(n) 茎葉腹面、(o) 茎葉背面、(p) 枝の表皮細胞、(q) 枝の横断面、(r) 枝葉:開出枝背面、(s) 枝葉背面上部、(t) 枝葉背面中央、(u) 枝葉腹面上部、(v) 枝葉腹面中央、(w) 枝葉横断面:サフラニン染色、(x) 枝葉横断面

 枝の表皮細胞に分化したレトルト細胞はなく、細い螺旋状肥厚が顕著にみられる。枝の横断面の表皮細胞には、突出して大きな細胞はない(p, q)。
 開出枝の枝葉はボート状に深く凹み、広卵形で、長さ2〜2.5mm、葉先は僧帽状で先端付近の背面はややザラついてみえる(r)。枝葉の背面の透明細胞には双子孔や三子孔が多数あり、葉緑細胞は明瞭にはとらえられない(s, t)。腹面の透明細胞には、まばらに偽孔がありわずかに糸が見られる(u, v)。葉縁の透明細胞には貫通する丸い孔がある。
 開出枝の葉の横断面で葉緑細胞は、二等辺三角形〜丸みを帯びた台形で、背面よりも腹面に多く開く。葉の部分によっては、背面には開かず、腹面にのみ開く。サフラニン染色したものと水だけで封入したものを掲げた(w, x)。

 茎にも枝にも、表皮細胞表面に螺旋状の肥厚がみられるから、ミズゴケ節 Sect. Sphagnum のミズゴケということになる。次に、植物体は緑色〜黄褐色で、枝葉の横断面で緑色細胞が腹面に広く現れ、枝葉背面の透明細胞に多数の孔はなく、枝葉横断面で葉緑細胞に接する壁が平滑であることから、オオミズゴケ S. palustre に落ちる。いくつかの図鑑やモノグラフで、種の解説を読むと、観察結果とほぼ一致する。
 オオミズゴケはこれまで何度も観察しているが、いまだ朔をつけた個体には出会ったことがない。平凡社図鑑には「雌雄異株で朔歯まれ」とある。詳細な観察結果を記すのは、今回を最後として、今後は朔をつけた個体に出会った場合に観察結果をアップすることにしたい。
 キミズゴケノハナ Hygrocybe turunda forma macrospora という繊細で小さなきのこがある。ミズゴケ類の茎の中程から柄をのばし小さなカサをつける脆いきのこだ。これまで、まだ標本と写真でしか見たことがない。一度出会ってみたいという思いがずっとある。ミズゴケをみると心躍るのは、この繊細なきのこのせいかもしれない。