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[標本番号:No.637   採集日:2009/05/03   採集地:栃木県、那須塩原市]
[和名:ウスベニミズゴケ   学名:Sphagnum capillifolium var. tenellum]
 
2009年5月10日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 植物体の群落、(b) 植物体、(c) 標本、(d, e) 植物体近影、(f, g) 開出枝と下垂枝、(h) 茎葉、(i) 茎の表皮細胞、(j) 茎の横断面、(k) 枝の表皮細胞、(l) 枝の横断面

 栃木県那須塩原市の小湿地の高層湿原と中間湿原で数種のミズゴケを採取した(alt 1,250m)。数ヶ所でオオミズゴケを採取したが、これはすでになんどかていねいに観察しているので、アップせずそのまま標本箱に納めた。オオミズゴケなどが出ていた湿原の一角に鮮やかな紅紫色をしたミズゴケが小さな群落をなしていた(a, b)。
 茎は長さ4〜6cm、茶褐色〜紫褐色〜紅紫色で(c)、茎の表皮細胞表面には螺旋状の肥厚も孔もなく(i)、茎の横断面で表皮細胞は3〜4層で木質部との境界は明瞭(j)。多くの下垂枝は開出枝よりやや長い(f, g)。枝の表皮には首の長いレトルト細胞が多数みられる(k)。枝の横断面には、大形のレトルト細胞が1〜3列みられる(l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m, n) 茎葉、(o) 茎葉背面先端、(p) 茎葉背面中央、(q, r) 開出枝の葉、(s) 開出枝の葉背面上部、(t) 開出枝の葉背面中央、(u) 開出枝の葉腹面上部、(v) 開出枝の葉腹面中央、(w, x) 開出枝の葉横断面

 茎葉は先がやや細い舌形で、長さ1〜1.3mm、葉縁の舷は狭く葉頂近くに達し、葉中央部から下部で広がる。茎葉の多くが、葉上部で縁が畳み込まれ、葉の上半がまるで二等辺三角形のように見える。畳み込まれた葉縁を広げると大半は円頭であった。茎葉の透明細胞には先端から基部まで、背腹ともに膜壁があり、背面には糸もある(o, p)。
 枝葉は卵状披針形で、長さ0.8〜1.1mm、葉先に少数の歯があり、葉先がわずかに半曲したものもある(q, r)。下垂枝の葉は、開出枝の葉より全体にやや細めだが、各形質の状態はほぼ同様なので、ここでは開出枝の葉だけを取り上げた。
 枝葉背面の透明細胞には、貫通しない双子孔や三子孔があり、葉縁には貫通する大きな孔もある。腹面の透明細胞には貫通する孔はなく、偽孔や貫通しない孔は少ない。枝葉横断面で、葉緑細胞は三角形〜台形で、腹面に大きく開き、背面側にはわずかに開く(w, x)。

 茎や枝の表皮細胞表面に螺旋状の肥厚がなく、枝の横断面で葉緑細胞が背腹両面に出ていて、腹側により広く開き、茎葉の舷が下半で広がり、茎の横断面で表皮細胞が明瞭に木質部と境界をつくることなどから、スギバミズゴケ節 Sect. Acutifolia のミズゴケだろう。
 平凡社図鑑で種への検索表をたどると、ウスベニミズゴケ S. capillifolium var. tenellum、あるいはヒナミズゴケ S. warnstorfii となる。図鑑によれば、ウスベニミズゴケは「枝葉がまばらにつき、先端はわずかに反り返る。枝葉の背面先端の透明細胞には偽孔がある」とされる。一方、ヒナミズゴケは「枝葉は密につき、螺旋状に5列に配列し、先端部は反り返らない。」、また「枝葉の背面先端の透明細胞には縁の厚い貫通する孔がある」と書かれている。
 本標本No.637は、「枝葉がまばら」とは言い難いが、密集しているともいえない(d)。また、枝葉は螺旋状に5列には配列していない。平凡社図鑑にはヒナミズゴケについての解説はないが、滝田(1999)によれば、ヒナミズゴケには「枝葉背面で中央より上の透明細胞に、縁が厚くて明瞭にリングのあるように見える孔が接合面や3透明細胞の接合部付近にあるのはこの種の特徴」と記されている。さらに、ウスベニミズゴケの茎葉は「舌形で」「円頭」と記され、ヒナミズゴケの茎葉は「舌形〜二等辺三角形」と記されるている。
 先にヒナミズゴケと同定した標本No.552と比較してみると、明らかに茎葉の形や透明細胞の様子が異なる。No.552の枝葉背面上部の透明細胞表面の孔には太いリング状のものが高頻度でみられるが、本標本ではそういったリングはあまりみられない。したがって、ウスベニミズゴケとするのが妥当と考えられる。