Top  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.641   採集日:2009/05/04   採集地:福島県、塙町]
[和名:チャボヒシャクゴケ   学名:Scapania stephanii]
 
2009年5月16日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 湿った崖についた苔類、(c) 背側、(d) 腹側、(e) 背側、(f) 背片と腹片、(g) 背片と腹片を広げた姿、(h) 葉縁の鋸歯、(i) 葉身細胞:葉中央、(j) 同前:葉基部、(k) 茎の横断面、(l) 葉の横断面

 福島県塙町の山中で(alt 600m)、川沿いの湿った崖に何種類かの苔類が混成していた(a)。一塊の群れを採集したところ、大きく二種類の苔類に分けられた。今日はそのうちのひとつ、背片と腹片を持ち、葉を倒瓦状につけ、茎の先端が赤色を帯びたコケを観察した。
 植物体は斜上し、茎は長さ1〜2cm、葉を含めた茎の幅は2〜3.5mm、枝分かれは少なく、葉を接在させる。仮根は腹面中央から下部に散生し、上半部にはほとんどない(d)。葉は不均等に2裂し、背片は腹片より小さく、キールは腹片の幅の2/5程度。背片腹片ともに楕円形〜卵形で、縁には1〜8細胞からなる鋸歯があり、腹片の長さは0.8〜1.5mm、腹片の腹縁基部はほとんど下延しない。背片は茎の反対側にも張り出している。腹葉はない。無性芽も見あたらない。
 葉身細胞は、丸みを帯びた多角形で、葉中央部で長さ8〜25μm、壁は厚く、トリゴンは不明瞭で、表面には大小のベルカがある(i, l)。葉の縁では細胞は小さく(h)、葉基部では大きい(j)。茎の横断面で、表皮細胞は分化し、表面には小さなベルカが見られる(k)。油体は各細胞に1〜8個あり、類球形〜楕円形で、微粒の集合体(i, o, q)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(m) 葉身細胞表面:ベルカ表面に合焦、(n) 同前:ベルカ基部に合焦、(o) 同前:細胞輪郭に合焦、(p) 斜め横断面:ベルカを主体にみたもの、(q) 油体、(r) 背片と腹片:サフラニン染色

 葉身細胞の合焦位置を、ベルカの頂点付近から少しずつ下げて輪郭部までみた(m〜o)。葉身細胞表面のベルカをより明瞭にとらえるために、葉横断面をやや倒した状態で撮影した(p)。倍率をさらに上げると油体の構造が明瞭となる(q)。水封でも十分よくわかるが、サフラニンで染めて、背片と腹片の位置と大きさを再確認した(r)。なお、花被をつけた個体は無かった。

 背片が腹片より小さく、明瞭で長いキールを持ち、腹葉はなく、葉が卵形で鎌形には曲がらないことから、ヒシャクゴケ属 Scapania に間違いない。平凡社図鑑で種への検索表をたどると、チャボヒシャクゴケ S. stephanii に落ちる。種の解説を読むと、葉先につくという無性芽はみあたらなかったが、その他の形質状態は観察結果とほぼ一致する。
 検索表に「F. 葉のキールに明瞭な翼がある」か「F. 葉のキールに翼はない」という分岐がある。「キールに翼がない」という項をたどっていくと、観察結果と符合する種には行き当たらない。そこで、「キールに翼がある」という項を選択すると、チャボヒシャクゴケに行き着く。しかし「キールにある翼」という「翼」がどの部分を指すのか理解できない。背片の基部のうち、茎の反対側にせり出した縁のあたりを指すのだろうか。何点かの用語集やGlossaryなどを参照したが、「苔類のキールの翼」について具体的な説明をしているものは見あたらなかった。

[修正と補足:2009.12.25]
 識者の方から、「キール(折れ目の稜)に沿って上下片がくっついてできる(癒合)部分」が「翼」であり「折れ目付近では2枚が完全に1枚になって(癒着)張り出している」感じであるとご教示いただいた。思えば今年の5月にも「翼」の件で適切なコメントをいただいていたが、すっかり忘れていた。そこで認識を新たにするため、改めて葉のキール部と翼部、そしてその近辺の横断面の画像をアップして再確認した(この文面は標本No.822に加えたものに同じ)。
 再度にわたるていねいなご教示ありがとうございました。
 

 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(s, t) 翼部:淡紫色で囲った部分、(u) 切断面、(v, w, x) 翼部付近の横断面