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[標本番号:No.649   採集日:2009/05/23   採集地:栃木県、日光市]
[和名:ホソミズゴケ   学名:Sphagnum teres]
 
2009年5月27日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c, d) 標本:S. squarrosum と比較、(e) 開出枝と下垂枝:S. squarrosum と比較、(f) 開出枝:S. squarrosum と比較、(g, h) 開出枝の枝葉:S. squarrosum と比較、(i) 開出枝と下垂枝、(j) 茎の表皮細胞、(k) 茎の横断面、(l) 茎と茎葉

 5月23日に栃木県の鶏頂山の湿原でウロコミズゴケ節 Sect. Squarrosa と思われるものを数ヶ所で採取した。いずれもウロコミズゴケ S. squarrosum だろうと考えていたが、よく見るとサイズも枝葉の透明細胞の様子も違った2タイプがあることに気づいた。最初に大きなタイプを調べてみると、ウロコミズゴケであることが分かった(標本No.654)。ウロコミズゴケは、2006年8月から今年4月まで、すでに何度も取り上げているので、そのまま標本箱にしまうことにした。
 当初ウロコミズゴケだろうと思っていた小さなタイプのミズゴケを少していねいに調べてみることにした。茎は長さ6〜10cm、全体に繊細で、枝の付き方もやや疎であり、ウロコミズゴケに比較すると茎葉や枝葉の大きさは、大人と子供以上に差異がある(f〜h)。発生環境もウロコミズゴケのように高層湿原にではなく、中間湿原や水に浸った環境により広く分布していた。
 茎の表皮細胞は矩形で孔はなく(j)、横断面で表皮細胞は3〜4層。茎葉は舌形で、長さ1.2〜1.5mm、葉先は総状に裂け、透明細胞には膜はあるが糸や孔はない。葉の中程から基部にかけての縁には数列からなる舷があるが、上半部には舷はみられない(m〜p)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m, (n) 茎葉、(o) 茎葉背面上部、(p) 茎葉背面中央、(q) 枝の表皮細胞、(r, s) 開出枝の葉、(t) 開出枝の葉、(u) 枝葉背面上部、(v) 枝葉背面中央、(w) 枝葉腹面上部、(x) 枝葉腹面中央

 枝の表皮細胞には。1〜2列ほど首の短いレトルト細胞がある(q, r)。枝葉は卵状披針形で、長さ0.9〜1.2mm、先端は軽く反り返るが、ウロコミズゴケと比較するとかなり弱い(s, t)。下垂枝の葉はやや細めで反り返りが弱いが、葉身細胞の様子は開出枝の葉のそれとあまり違いがないので、下垂枝の葉については、画像や記述は省略した。
 枝葉背面上部の透明細胞の上端には貫通する顕著な孔があり(u)、背面中央の透明細胞には縁に沿って多くの孔がある(v)。枝葉腹面上部の透明細胞には、貫通する大きな孔があるが、中央から下部では孔は少なくなり、糸が顕著となる(x)。枝葉の横断面で、葉緑細胞は背腹両面に開き、幅はどちらも同じくらいか、あるいは背面側にやや広く開く(y, z)。
 
 
 
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(y, z) 開出枝の横断面;以上標本No.649に関わる画像。
(aa)〜(ad) 参考:ウロコミズゴケ(標本No.654)の枝葉:(aa, ab) ウロコミズゴケの枝葉の断面、(ac) 開出枝の葉腹面上部、(ad) 開出枝の葉腹面中央

 比較のためにウロコミズゴケ(標本No.654)の枝葉の横断面(aa, ab)、開出枝の葉の腹面上部(ac)と中央(ad)の画像を列挙した。

 当初は植物体の大きさの差異は、環境の違いによって生じたものだろうと思っていた。しかし、それにしては発生環境、茎葉や枝葉の大きさ、枝葉の透明細胞の様子が違いすぎると感じるようになった。そこで、あらためて平凡社図鑑のウロコミズゴケ節を開いてみると、ホソミズゴケ S. teres という種があることを知った。しかし図鑑には検索表にある以上の解説はない。そこで、滝田(1999)をみると、図版と解説が載っていた。観察結果とはいくつか異なる記述があるが、ウロコミズゴケについての記述と比較するとさらに差異は大きいと思われる。そこで、本標本をウロコミズゴケとはせずに、ホソミズゴケとしたほうが妥当と考えた。