HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.679   採集日:2009/07/31   採集地:福島県、福島市]
[和名:ワタミズゴケ   学名:Sphagnum tenellum]
 
2009年8月18日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 採集標本、(c) 開出枝と下垂枝、(d) 茎と茎葉、(e) 茎の表皮、(f) 茎の横断面、(g, h) 茎葉、(i) 茎葉背面上部、(j) 茎葉背面中央、(k) 茎葉腹面上部、(l) 茎葉腹面中央

 去る7月31日から8月2日にわたって、福島県奥土湯で開催された虫草祭に参加した。そのおり冬虫夏草の観察の前後に、磐梯吾妻周辺の湿地湿原を巡った。2万5千分の1地形図で、湿地と思われる場所を探って藪を漕ぐ辛い歩行を繰り返した。残念なのは、苦労して撮影した現地生態写真を操作ミスですべて失ってしまったことだ(「たわごと」→「苦労して撮影した写真が・・・」)。

 植物体は小湿地の水に浸った場所に、黄褐色の小さな朔をつけて群生していた。茎は長さ3〜4cm、黄緑色で小型、繊細で柔らかい感触だった(a, b)。開出枝と下垂枝の分化はやや不明瞭(c)。茎の表皮細胞は矩形で孔や螺旋状肥厚はなく、横断面で表皮細胞は2層(e, f)。
 茎葉は舌形で、長さ0.9〜1.2mm、葉先の縁が腹側に巻き込んでいるためやや尖ってみえる。舷が葉頂近くまで達し、下部では広がっている(h)。葉緑細胞が背面側に広く開き、透明細胞には糸と偽孔がある(i〜l)。
 

 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(m) 枝の表皮、(n) 枝の横断面、(o, p) 枝葉、(q) 枝葉背面上部、(r) 枝葉背面中央、(s) 枝葉腹面上部、(t) 枝葉腹面中央、(u, v) 枝葉の横断面

 枝の表皮細胞には首の長いレトルト細胞が2〜3列に並ぶ(m, n)。枝葉は、長さ0.9〜1.2mm、楕円状披針形で深く凹み、先端には少数の歯がある(o, p)。枝葉背面の透明細胞には偽孔がある(q, r)。腹面の透明細胞にも、背面よりは少ないが偽孔がある(s, t)。枝葉の横断面で、葉緑細胞は三角形で、背面側に広く開く(u, v)。
 
 
 
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(w) 朔と偽足、(x) 朔、(y) 気孔、(z) 胞子:表面に合焦、(aa) 胞子:輪郭部に合焦

 多くの個体が朔をつけていた。頭部脇から4〜6本の偽足が伸び、その先に黄褐色の朔をつけている。偽足の長さにはバラツキが大きい(w)。朔は類球形で、径0.8〜1mm、長さ1.2〜1.6mm、表面には気孔がある(x, y)。胞子は四面体(z, aa)。

 茎や枝の表皮細胞に螺旋状の肥厚がなく、茎葉は小型で、枝葉の葉緑細胞の底面が葉の背面側にあるから、ハリミズゴケ節 Sect. Cuspidata のミズゴケに間違いない。平凡社図鑑で種への検索表をたどると、素直にワタミズゴケ S. tenellum に落ちる。レトルト細胞の先端が長く突出することが大きな決め手となった。滝田(1999)の記載を参照すると、ハリミズゴケ節でレトルト細胞が突出するのはこの種だけだと記されている。

[修正と補足:2009.9.1]
 胞子の形について、「胞子は四面体」と記したがこれは誤りで、中央部が凸状に膨らみ縁が薄い球状三角形だ。ヒメミズゴケ S. fimbriatum の事例(標本No.699)だが、側面からみると、凸レンズのようにみえる。正面観と側面観がかなり異なる形状だ。水封せずにみると、また違った姿を見せてくれる。