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[標本番号:No.719   採集日:2009/08/25   採集地:新潟県、妙高市]
[和名:コウライイチイゴケ   学名:Taxiphyllum alternans]
 
2009年9月23日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c, d) 採集標本、(e) 乾燥時、(f) 湿時、(g, h) 枝葉、(i) 葉身細胞、(j) 葉先、(k) 翼部、(l) 枝葉の横断面

 新潟県の妙高高原(alt 1260m)で、沢沿いのカラ松林地表に群落をなしていた(a, b)。茎ははい、枝をわずかに分枝し、数少ない枝を平たく出す。枝は葉を含めて幅3〜5mm。葉はやや密にゆるくつき、葉先はやや下向きとなり、乾くと展開したまま縮れ、葉先が下向きになる。
 枝葉は長さ3〜4mm、卵状披針形で、葉先は急に短く尖り、葉縁は全縁、葉基部はわずかに下延する。中肋は二叉し、葉長の1/3ほどに達する。横断面で中肋にステライドはない。葉身細胞は線形で、幅8〜15μm、長さ100〜140μm、薄壁で平滑。葉上部では長さ40〜80μm。翼部は明瞭には分化せず、短く幅広の矩形細胞が数列並び、先端の細胞は三角形。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(m, n) 茎の横断面、(o) 分枝の基部、(p) 偽毛葉、(q) 仮根、(r) 雌器?をつけた小枝

 茎の横断面で、弱い中心束があり、表皮にはやや厚壁の小さな細胞が並ぶ。茎の分岐する部分や、新芽の出そうな部位を中心に毛葉を探してみた。密集する仮根のためわかりにくいが、三角形の毛葉らしきものがある(o, p)。仮根の表面は平滑(q)。雌器をつけた新芽のような小枝の周囲には葉状のものがある(r)。また、葉先に仮根はなく、無性芽は見られない。

 肉眼的形態と二叉する中肋から、サナダゴケ科あるいはハイゴケ科の蘚類だと見当をつけた。平凡社図鑑に準拠して検索表をたどってみた。サナダゴケ科の蘚には偽毛葉はなく、日本産には2属あり、サナダゴケ属の蘚類は「茎ははい、中心束はなく、表皮細胞は大きく、外側の壁は薄い」とある。オオサナダゴケモドキ Plagiothecium euryphyllum の可能性も否定できないが、本標本では茎の横断面で表皮細胞は小さく厚壁で、偽毛葉と思われる組織が見られる。
 そこで、ハイゴケ科の検索表をたどってみた。朔がないこともあり、検索表をそのまま素直にたどることができないので、他の形質から候補をしぼってみた。すると、キャラハゴケ属 Taxiphyllum だけが候補に残る。属から種への検索表をたどると、コウライイチイゴケ T. alternans に落ちる。種の解説を読むと、おおむね観察結果と符合する。しかし、発生環境が「湿地や渓流、泉の近くなどぬれた場所に生える」とあり、本標本の発生環境とは異なる。
 コウライイチイゴケの可能性もあるが、Noguchi(Part5 1994)に記載の植物体の図とはかなり異なる。そこで、キャラハゴケ属としてアップすることにした。

[修正と補足:2009.09.24]
 識者の方から「コウライイチイゴケ T. alternans でよさそうに思います」とのご指摘をいただいた。コウライイチイゴケとせずにキャラハゴケ属としてアップしたのは、ひとつには植物体の姿がNoguchi(Part5 1994)の描画と印象が違うこと、そして、発生環境の件が重くひっかかっていたからだ。それ以外の形質は、観察結果と図鑑類の記述とに矛盾はなかった。
 

 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(s) 再検討した標本、(t, u) 植物体腹面、(v) 葉身中央下部の細胞

 あらためて、標本の一部を取り出して腹面をみた(s)。腹面の葉基部近くの茎から仮根が束になって出る姿は、Noguchiによる植物体の描画と違和感はない(t, u)。また、この標本のうち緑色の葉をあらためて検鏡してみた。葉身細胞は既述のように幅8〜15μm、長さ100〜140μmに収まるものが大部分だった。茎の基部の葉では、中央下部の葉身細胞の幅が16〜18μmに及ぶものもあった(v)。この姿もまた、Noguchiの葉身細胞の描画と違和感はない。
 また、発生環境であるが、採集地点をあらためて地図上と他の情報から再検討してみると、雨天のときには小川のように水が流れ、ふだんからジメジメした状態の凹地であることが判明した。すぐ近くには、すっかり干からびて白色となったホソバミズゴケの群生もあった。採集時は雨不足でカラカラ陽気のために、すっかり乾燥していたのだろう。
 上記のような経緯で、キャラハゴケ属からコウライイチイゴケと修正することにした。ご指摘ありがとうございました。