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[標本番号:No.768   採集日:2009/10/10   採集地:岩手県、八幡平市]
[和名:ワタミズゴケ   学名:Sphagnum tenellum]
 
2009年11月16日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a) 日陰の植物体、(b) 採取標本、(c) 標本近影、(d) 開出枝と下垂枝、(e) 茎と茎葉、(f) 茎の表皮、(g) 茎の横断面、(h〜j) 茎葉、(k) 茎葉上部、(l) 茎葉中央部

 先月10日に岩手・秋田県境の八幡平で行われたきのこのお祭りに参加して遊んだ。その折にいくつかの湿地・湿原に立ち寄って、ミズゴケ生きのこを観察・採取した。副産物?として、十数点のミズゴケを採取することになった。多分多くが既観察種なのだろう。
 岩手県側の湿地(alt 1440m)で日陰に繊細なミズゴケが群生していた(a)。茎は高さ8〜12cm、黄緑色で、開出枝や下垂枝が相対的に短い。茎の表皮細胞は矩形で孔はなく(f)、横断面で表皮細胞は2層で、木質部との境界は明瞭(g)。
 茎葉は長さ0.9〜1.0mm、舌形で先端部では縁が巻き込み尖ったようにみえ、先端部には数個の歯がある(h, i)。茎葉縁の舷は上部では狭く、下半部では大きく広がり葉幅の2/3に達する(i, j)。茎葉上部の透明細胞には糸があり、わずかに偽孔もみられる(k, l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(m, n) 枝の表皮、(o) 枝の横断面、(p, q) 開出枝の葉、(r) 同前:背面上部、(s) 同前:背面中央、(t) 同前:腹面上部、(u) 同前:腹面中央、(v, w) 枝葉の横断面

 開出枝の枝表面には首の長いレトルト細胞が3〜4列に並ぶ(m, n)。枝の横断面をみると、レトルト細胞が極端に大きい(m)。開出枝の葉は長さ0.9〜1.0mm、長楕円状披針形〜舟形で、先端には数個の歯がある(q,r)。開出枝の葉の透明細胞には背腹両面ともに大きさのことなる偽孔がある(r〜u)。葉の横断面で葉緑細胞は三角形で、背側に大きく開いている(v, w)。
 
 
 
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(x, y) 下垂枝の葉、(z) 同前:背面上部、(aa) 同前:背面中央、(ab) 同前:腹面上部、(ac) 同前:腹面中央

 下垂枝の枝にも首の長いレトルト細胞が見られる。下垂枝の葉は長さ0.5〜0.8mm、葉先には数個の歯があり、開出枝の葉とほぼ同じ形をしている。背腹両面の透明細胞には開出枝と比較してより多くの偽孔が見られる(z〜ac)。

 枝葉の透明細胞に多数の孔はなく、横断面で葉緑細胞が背側に大きく開いているのでハリミズゴケ節 Sect. Cuspidata の蘚類であることは明瞭だ。次いで枝の表皮細胞には首の長いレトルト細胞が見られることから、検索表をたどると他の形質状態を調べるまでもなく、直ちにワタミズゴケとなる。滝田(1999)には、ハリミズゴケ節で枝表皮のレトルト細胞の首が突出するのはこの種だけであると記されている。
 一般にハリミズゴケ節のミズゴケでは枝葉の透明細胞表面の様子が、開出枝と下垂枝で異なることが多いとされ、種の同定にも下垂枝の葉の透明細胞の観察が必須とされる。多数の種を抱える節として、他にもスギバミズゴケ節やユガミミズゴケ節があるが、いずれも下垂枝の葉を観察するまでもなく、開出枝の葉を観察するだけで種名にまでたどり着くことができるようだ。

 観察の最初に開出枝の表皮細胞をみたので、すぐにワタミズゴケだろうと見当がついた。次いで枝葉の横断面を切り出してみて間違いないことを知った。種の同定が目的であれば他に観察する必要はない。しかし、これは観察覚書であって同定メモではないので、冗長に下垂枝の葉につても透明細胞の様子を観察した。

 ここしばらくミズゴケばかりを見ているが、観察覚書にはアップせず標本箱に収める標本が増えてきた。ミズゴケのチェックでは、まず同定に必要な最低限の形質状態だけを確認する。ミズゴケ節、キダチミズゴケ節、ウロコミズゴケ節ではすぐに種名にたどり着けるので、それ以上観察はせずに標本箱に入れてしまう。ユガミミズゴケ節、スギバミズゴケ節、ハリミズゴケ節とわかると、少していねいにチェックするようになってきた。キレハミズゴケ節の種については、これまでまだ出会ったことがない。