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[標本番号:No.829   採集日:2009/12/13   採集地:栃木県、日光市]
[和名:エダウロコゴケモドキ   学名:Fauriella tenuis]
 
2010年1月3日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(a) 植物体、(b) 標本:乾燥時、(c) 標本:湿時、(d) ルーペで拡大:湿時、(e, f) 茎と葉、(g, h, i) 葉、(j) 葉の上半、(k) 葉の基部、(l) 葉の横断面、(m) 茎の横断面、(n) 朔柄と苞葉、(o) 苞葉、(p) 苞葉:上部、(q) 同前:先端、(r) 同前:基部

 日光では華厳の滝を展望できる場所がいくつかある。積雪を踏みしめてその一つの峰に登った(alt 1350m)。雪の隙間、腐葉土と落枝の上に小さな細い蘚類が層をなしていた。非常に細い糸状の蘚類で、近づいてみるとネズミノオゴケ(標本No.348)を細くしたような姿をしている(a, b)。濡れた葉をルーペでみると、細い先端をもち円形で深く凹んだ葉が密集していた(c, d)。
 茎は葉を含めて幅0.5〜0.6mm、やや絡まって薄い層をなし、わずかに分枝し、長く鞭状となって伸びる枝もある。茎の横断面に中心束はなく、表皮はやや小形で厚膜の細胞からなる(m)。乾燥時は葉が密着することなく覆瓦状となり、湿ると葉を広く展開させる(b, d, e)。
 葉は長さ0.3〜0.5mm、広卵形〜類円形で深く椀状に凹み、葉先は急に細くなって鋭頭、葉縁上半には鋭い歯がある(g, h, i)。中肋は不明瞭。葉身細胞は楕円状菱形〜紡錘形で長さ15〜30μm、背面中央に大きな針状の乳頭がある(i〜k)。乳頭は高さ6〜8μmに及ぶ(l)。葉身細胞の腹面は平滑。葉の基部の縁には四角形の細胞が連なる(k)。
 
 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(y)
(y)
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(s) 朔柄、(t) 朔、(u) 朔歯、(v) 外朔歯、(w) 同前:基部、(x) 同前:上部、(y) 内朔歯と外朔歯:朔の内側から、(z, aa) 内朔歯、(ab) 朔基部の気孔、(ac) 朔柄の側面

 朔柄は長さ1cm前後で(s)、表面は平滑(ac)。朔は長卵形〜円筒形で、多くはやや傾いてつき、相称〜非相称(t)。朔歯は二重で各々16枚(u)。外朔歯は披針形で、下部には横状があり上部には微細なイボがある(v, w, x)。内朔歯には高い基礎膜があり、基部が外朔歯と癒着し、上部には歯突起と間毛がある(y, z, aa)。朔の基部には気孔がある(ab)。

 朔をつけた個体がいくつもあったが、いずれも帽や蓋を伴ったものはなく、口環の有無もはっきりと確認できなかった。また胞子を観察できるものもなかった。中肋を持った葉がないかいくつも探してみたが、ひとつとして明瞭な中肋をもった葉はみつからなかった。
 外朔歯と内朔歯を分離する試みはすべて失敗した。無理に分離したものは、どれも基礎膜が崩れてしまった。その結果わかったことは、両朔歯の基部が完全に癒着していることだった。このため、内朔歯の画像(y)は朔歯を内側からみて、内朔歯に焦点をあわせたものとなった。

 ヒゲゴケ科 Theliaceae の蘚類だろう。平凡社図鑑の検索表によれば、エダウロコゴケモドキ属 Fauriella かレイシゴケ属 Myurella となる。エダウロコゴケモドキ属は「葉縁の歯は顕著ではない。朔は傾き非相称。各地にふつう」とある。一方、レイシゴケ属は「背面上端に小さなパピラがある」か「背面中央に1個の大きなパピラがある。朔は日本では見つかっていない」とある。

 エダウロコゴケモドキ属は日本産1種とされ、種の解説にエダウロコゴケモドキ F. tenuis が記されている。それによれば、「朔は円筒形で水平または下垂し,多少湾曲して非相称」とあり、観察結果と近い。一方、「気孔と口環はない」ともある。本標本の朔には気孔がある(ab)。そこで、昨年2月に静岡県河津町で採集しエダウロコゴケモドキと同定した標本No.583と比較してみた。葉先の形だが、本標本ではNo.583よりも細長く延び、先端が左右に曲がったものが多い。また葉縁の歯も本標本の方が大きいように思える。分枝の頻度にも違いがあるように思える。ただ、いずれも主観的にそう感じる程度であって、決定的な差ではない。

 一方、レイシゴケ属は日本産3種とあり、葉身細胞背面中央に1個の大きなパピラがあって葉縁に鋭い葉があればレイシゴケ M. sibirica とされる。種の解説によれば「枝先はときに細い鞭状になる」とある。これは本標本の観察結果と一致する。しかし、「葉縁には基部まで鋭い棘がある」や「葉身細胞は長さ13〜18μm」は観察結果と一致しない。また発生環境は「石灰岩の岩隙などに生える」と記されるが、本標本はおよそ石灰岩とは関係のない地質の腐植土上、およびそこに落ちた枝に生えていた。さらにレイシゴケ属について「朔は日本では見つかっていない。日本では稀」ともある。属への検索表にある「朔は直立。相称」については全く異なる。

 これらの考察から本標本はエダウロコゴケモドキと考えられる。ただ、朔基部には気孔があることから、変種ないしは亜種・品種なのかもしれない。