Top  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.852   採集日:2010/02/21   採集地:千葉県、鋸南町]
[和名:ヒメミノゴケ   学名:Macromitrium gymnostomum]
 
2010年3月12日(金)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(a) 植物体:乾燥時、(b) 植物体:湿時、(c) 標本:乾燥時、(d) 標本:湿時、(e) 分枝する茎、(f, g) 葉、(h) 葉身細胞:葉の中央部、(i) 同前:合焦位置を変化、(j) 同前:高倍率、(k) 葉の先端、(l) 葉基部、(m) 葉身中央部の横断面、(n) 葉の横断面:上部、(o) 同前:中央部、(p) 同前:基部、(q) 支枝の横断面、(r) 茎の横断面

 先月21日千葉県南房総の鋸南町で、目の高さほどの樹幹に着いたこけを採取した(alt 300m)。樹皮をはう茎は基部でいくつにも枝分かれし(e)、そこから長さ1〜2.5cmの枝を出す。枝からは、0.5〜0.8mmの短い支枝が立ち上がり、支枝には葉が密集する(b, d)。乾燥すると葉が強く巻縮する(a, c)。
 枝葉の上部は竜骨状に凹み、長さ1.5〜2.5mm、舌状披針形〜楕円状披針形で、先端はやや微円頭〜鋭頭(f, g, k)。葉幅は中央上部〜基部までほぼ同じ。中肋は1本で強く、葉頂近くに達する。葉中部の葉身細胞は方形〜多角形で、長さ6〜10μm、3〜5個の小乳頭があって暗く、葉身細胞の輪郭はやや不明瞭(h, i, j, m)。葉基部の細胞は矩形〜細い矩形で、やや厚壁で平滑(l)。葉の横断面で中肋にはガイドセルがあり、葉上部から中央部では中肋背面側にステライドがある(n, o, p)。支枝の横断面や茎の横断面には中心束はなく、表皮細胞はやや厚壁(q, r)。
 
 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(s, t) 無性芽?、(u) 無性芽?の細胞

 一群の支枝頂部の葉に無性芽のような葉状の小片が多数ついている(s, t)。この葉状の小片は1層の細胞からなり、細胞は方形〜多角形で、長さ6〜8μm、表面には小乳頭があり、やや薄壁だが葉身部の細胞とよく似ている(u)。

 ミノゴケ属 Macromitrium の蘚類だろう。この属に関しては、保育社図鑑でも平凡社図鑑でも、取り上げている種も解説はほとんど同一だ。本標本には朔をつけた個体はなく、検索表をたどることは難しい。配偶体についての解説を観察結果と比べて推測するしかない。
 湿った状態で、葉先がわずかに腹側に曲がっているかのように見えるものもわずかにあるが、ほとんどの葉は湿ってもあまり腹側に内曲しない。そこでミノゴケ M. japonicum を候補から外した。ついで、葉の形と葉身細胞の輪郭部、翼部の細胞の形などからケミノゴケ M. comatum とトサミノゴケ M. tosae も候補から外せそうだ。
 図鑑掲載種で候補に上るのは、リュウキュウミノゴケ M. ferriei、ナガミノゴケ M. prolongatum、ヒメミノゴケ M. gymnostomum の3種となる。朔が着いていれば、ヒメミノゴケは明瞭に区別できるようだが、いかんせん、朔がない。同じく、朔柄の長さをみれば、ナガミノゴケも直ぐに区別できそうだ。Noguchi(Part3 1989)の記載と図から判断すると、ナガミノゴケも外せそうだ。
 最終的に候補として残るのは、リュウキュウミノゴケとヒメミノゴケになる。どちらかと言えば、リュウキュウミノゴケに近いように思えるが、そうとも言いきれない。図鑑類やNoguchi(ditto)には無性芽については全く触れていない。

[修正と補足:2010.03.14]
 何人かのかたから、「無性芽?」は地衣類の幼体ではあるまいか、というご指摘をいただいた。確かに、乾燥すると全体に灰白緑色を帯びることから、「無性芽?」と記したものの、ほぼ間違いなく地衣類だろうとは感じていた。あらためて、この小さな緑色の小片を検鏡してみた。
 結果は緑藻と子嚢菌からなる地衣類だった。ご指摘ありがとうございます。
 

 
 
(wa)
(wa)
(wb)
(wb)
(wc)
(wc)
(wd)
(wd)
(we)
(we)
(wf)
(wf)
(wa, wb, wc) GAW液で封入し加熱、(wd, we, wf) フロキシン+KOHで封入

 先に、倍率を上げて表面をみたとき微少な乳頭のようにみえたのは、菌糸端だったようだ(wc)。これをフロキシンで染めて、3%KOHでほぐして見ると、明瞭に藻類と菌類が入り組んだ姿がはっきりした。封入に用いたGAW液は、地衣類では常用するもので、グリセリン:エタノール:水 = 1:1:1の混合液。試薬(K, C, KC, Pd)を用いた呈色反応はすべてマイナス。アセトンを用いての地衣成分(二次代謝産物)抽出の試みも徒労に終わった。抽出成分はほとんどゼロで、いくつかの試薬でも結晶はできなかった。結局この地衣類の所属は不明のままだ。

 なお、本標本はリュウキュウミノゴケかヒメミノゴケのいずれかであろうが、胞子体がないので決め手に欠ける。とりあえず、このまま Macromitrium sp. のままとしておこう。

[修正と補足:2010.05.13]
 本標本をヒメミノゴケと修正した。経緯を以下に残しておくことにした。
 本標本について、「Noguchi図鑑を見ると、ヒメミノゴケとリュウキュウミノゴケでは、茎葉の葉身細胞の形状に違いがあるようです。ヒメミノゴケはより厚壁で平滑、リュウキュウミノゴケはより薄壁でマミラ状のようです」というコメントをいただいた。「茎葉」の部分は枝葉の誤りだろう。

 Noguchi(Part3 1989)には確かに、そうも読み取れる記述がされている。しかし、これは両種を比較して書かれた記載ではないので、ヒメミノゴケの葉身細胞がリュウキュウミノゴケの葉身細胞より厚いということにはならない。同じ著者による『日本産蘚類概説』(1976)では、むしろヒメミノゴケよりもリュウキュウミノゴケの葉身細胞の方が厚い、と表現されているように読み取れる。
 同書には、リュウキュウミノゴケについて「葉細胞の膜が厚いことと,葉が,特に基部が黄色に着色していることも一つの特徴と見られよう」と記される。これに続いて、ヒメミノゴケでは「不実の時には前種との区別が困難になるので,次の点に留意するとよかろう。枝葉の形はよく似ているが,本種では前種のように基部が広くならない。葉細胞は,本種では膜が薄く,大きさも前種が6−10μぐらいの大きさであるのに,本種ではせいぜい4μ前後である。」と書かれている。

 そこで、標本を再度ひっぱりだして、以下の2点に絞って再検討してみた。まず枝葉の形と基部の色だが、基部は広くならず、黄色に着色していない(xc, xd)。これは画像を掲げたものばかりではなく、さらに多くの他の個体でもいえる。葉の形はヒメミノゴケを示唆している。
 次いで、葉身細胞の膜の厚さと、大きさを検討してみた。細胞の膜はこの属としては厚いのか薄いのかよくわからないが、どちらかといえばさほど厚いとは思えない。3月12日に葉身細胞の大きさを計測したとき「長さ6〜10μm」と記したが、これは膜を含めたサイズだった。あらためて内腔のサイズを測ってみると、長さ4〜8μmで、大部分の細胞では6μm以下だった。位置によって10μmを超える細胞もあれば、2〜4μmほどしかない細胞もある。
 詳細に確認するために、KOHを用いて葉のいろいろな位置で細胞列を取り外して、それらを計測してみた(xf〜xi)。そして、最期にこれらの細胞列を一箇所にまとめてみた(xj)。同じ枝に着いた葉でも、ほとんどの細胞サイズが4〜6μmのものもある。要するに細胞のサイズに関してはバラツキが大きく、ヒメミノゴケかリュウキュウミノゴケかの決め手にはなりにくい。
 

 
 
(xa)
(xa)
(xb)
(xb)
(xc)
(xc)
(xd)
(xd)
(xe)
(xe)
(xf)
(xf)
(xg)
(xg)
(xh)
(xh)
(xi)
(xi)
(xj)
(xj)
 以上のように葉身細胞の膜の厚さ、大きさからは決め手にかけるが、葉の基部の形と色からはヒメミノゴケを示唆している(・・・朔さえついていれば、両者は明確に識別できるはずだ)。機会があれば、いずれ同じ採取地で朔のついたものを採取したいと思う。
 なお、細胞列をバラすのには、葉を10%ほどの濃度のKOHに5分ほど浸してから、カバーグラスを掛けて軽く左右に揺さ振りながら押し潰した。その状態でカバーグラスを外して、実体鏡の下でより分けた。葉の色が赤みを帯びているのはKOHのためだ(xd〜xj)。