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[標本番号:No.1056   採集日:2010/10/14   採集地:高知県、香美市]
[和名:トサハネゴケ   学名:Plagiochila fruticosa]
 
2011年1月11日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
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(d)
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(e)
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(f)
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(g)
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(h)
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(i)
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(j)
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(k)
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(l)
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(m)
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(n)
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(o)
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(p)
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(q)
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(r)
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(a, b) 植物体、(c) 標本、(d) 標本の一部、(e, f) 背面、(g, h) 腹面、(i, j) 葉:主枝と支枝のもの、(k) 葉身細胞、(l) 褐色の葉の葉身細胞、(m) 歯の細胞、(n) 葉基部の細胞、(o) 油体、(p, q) 茎の横断面、(r) 葉の横断面

 昨年10月に高知県香美市の別府峡で採取したハネゴケ属 Plagiochila を観察した(alt 600m)。採取からすでに3ヶ月ほど経過しているが、チャック付きポリ袋に保存しておいたこともあり、幸いにも油体がよく残っていた。枝の表面は平滑で、茎からは多数の仮根がでている。
 地下茎状に基物表面を匍う茎は長さ5〜8cm。随所から二次茎が立ち上がり、羽状に複数回分枝する。分枝のタイプは、側面から支枝を出すハネゴケ型ないしヤスデゴケ型のように見える。葉は離在ないし接在し、茎に対して斜め瓦状につき、三角形で、長さ1〜1.8mm、幅0.8〜1.5mm。葉の背縁基部は長く下延し、葉先は円頭で、葉の上半の縁には6〜8歯があり、縁は腹側に内曲する。主枝の腹面側には腹葉の痕跡のような小突起がみられる。葉身細胞は多角形で、長さ15〜25μm、やや薄壁で、平滑、トリゴンは小さい。葉身細胞は、葉縁や歯の部分ではやや厚壁で、葉の基部ではやや大きい。枝基部の葉や褐色を帯びた葉では細胞の内容物が失われている。油体は、各細胞に4〜7個あり、楕円形〜紡錘形で微粒の集合。茎の横断面で、表皮細胞は髄部から明瞭に分化し、褐色で厚壁の小さな細胞からなる。

 花被をつけた個体はみつからなかった。なお、葉長の計測では、葉先から茎と接し始める点までの距離を採用した。枝から取り外した葉では、背縁の先が茎に長く下延するため、葉長が2〜3mmもあるかのように見える(i)。
 保育社図鑑の検索表からは、すんなりとトサハネゴケ P. fruticosa に落ちる。種の解説を読んでも、ほぼ観察結果と符合する。ところが、平凡社図鑑の検索表にあたってみて、はたと困った。最初の検索分岐で、ムチゴケ型分枝をするか否かが問われている。観察結果はムチゴケ型分枝をしていない。そこで、「ムチゴケ型分枝をしていない」選択肢をたどると、「D. 茎は頻繁に側面からヤスデゴケ型分枝をし,羽状になる」にたどり着く。するとユワンハネゴケ P. arbuscula となる。ところが、主の解説を読むと、観察結果とはいくつも相違する。特に葉先端部の歯の数、葉身細胞のトリゴンの大きさ、発生環境が違う。
 あらためて「ムチゴケ型分枝をする」の枝をたどると、トサハネゴケに落ちた。そこで主の解説を読むと、茎からはハネゴケ型分枝をし、各枝はヤスデゴケ型分枝をするとなっている。そうであれば、観察結果とは矛盾しない。腹葉についての記述は観察結果とやや異なるが、本標本には明瞭に腹葉の痕跡がみられるから、この件は問題なさそうだ。
 それにしても、検索表で、ムチゴケ型分枝をする枝をたどったあげくが、ハネゴケ型ないしヤスデゴケ型分枝をする種に行き着くのはいただけない。発生学的理由があるのかもしれないが、非専門家を相手の図鑑でこの検索表は、なんともしっくりしない。