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[標本番号:No.1180   採集日:2017/04/16   採集地:栃木県、宇都宮市]
[和名:ツクシナギゴケ   学名:Eurhynchium savatieri]
 
2017年6月4日(日)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
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(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 植物体、(c) 標本、(d) 乾燥時、(e) 湿時、(f) 枝葉:ルーペ下、(g) 枝葉:顕微鏡下、(h) 中肋先端、(i) 葉の先端、(j) 葉の中央部の縁、(k) 葉の基部、(l) 茎の断面

 宇都宮市の多気神社境内にトガリアミガサタケを観察に出かけたときに、石垣についていたアオギヌゴケ科のコケを持ち帰ってきていた。というのもこの科のコケは分類が難しいものが多く、属レベルまで落とせればよいが、それができるかどうかの試金石のつもりだった。

 石垣に這うように垂れ下がり、不規則にわずかに羽状に分枝する。茎葉と枝葉とは大きさがわずかに違うだけで、形はほぼ同じで、卵状披針形で、全周にわたって微細な歯があり、乾燥していても葉は茎に密着することなく展開し、葉身細胞は平滑で、葉の基部は下延しない。
 茎は石垣上を這い、やや立ち上がり気味に長さ1〜1.2cmの枝をだし、やや疎に葉をつける。湿ると軽く扁平気味にも見える。茎葉は枝葉よりやや幅広で、卵状三角形で長さ1mm前後、枝葉は卵状披針形で、長さ1mm弱、ともに葉の縁の細胞の一角が歯となって全周を蔽っている。中肋は一本で強く、葉長の2/3を超え背面の先端は一つの刺ないし牙となって終わる。葉身細胞は葉先周辺では芋虫型から紡錘形で長さ25〜30μm、幅5〜7μm、葉の中央部ではやや幅広の線形で、長さ35〜45μm、幅4〜5μm。翼部はあまり発達せず、細胞は矩形で、長さ20〜30μm、幅7〜10μm、膜はやや厚い。朔をつけた個体はなかった。

 保育社図鑑と平凡社図鑑でアオギヌゴケ科の検索をたどるとEurhynchiumに落ちる。なおこの属の和名は保育社図鑑と野口概説ではキブリナギゴケ属となっているが、平凡社図鑑ではツルハシゴケ属となりキブリナギゴケ属の学名にはKindbergiaがあてられている。

 現地でこのコケをルーペで見たとき、葉に中肋が一本あり、葉身細胞がなんとなく線形でパピラなどはなさそうに見えたのでアオギヌゴケ科だろうと見当をつけた。分類の難しい仲間と承知の上で持ち帰ったとはいえ、なんとなく億劫で一ヶ月半以上放置してしまった。そのために標本はすでにほとんど茶褐色となり緑色の部分はごくごくわずかしか残っていなかった(c, d)。葉を顕微鏡の低倍率でみると、まるで葉身細胞の両端ないし上端に小さなパピラがあるかのようにみえたが(g)、倍率を上げてみていくと平滑であることを確認できた。