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2006年12月4日(月)
 
これってシダなんだ !?
 
 シダ植物のイロハを知らないコケ初心者にとって、小さなシダは鬼門である。コケの葉は一層の細胞からできているが、他の植物では何層もの細胞からなる組織からできあがっている、などといった知識を聞きかじっている場合はさらに始末が悪い。
 
 
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 昨日奥多摩、小川谷の支流であるカロー川の水流近くで、大きな岩が背丈の低い緑の植物で一面に被われていた。近寄るとシノブゴケ科やスギゴケ科のコケが一面に着生していた。その中に、一風変わった「コケ」があった(a, b)。太い中肋と枝分かれが印象的だった。ルーペで見ると、葉は一層の細胞からなる。何の疑いもなく「変わったコケ」だと思った。
 よく見ると、一部の葉の裂片の先端には、胞子嚢らしき茶色の塊がついている。きっとこれは無性芽だろうと思った(a, c, d)。さらに葉には不規則な鋸歯がある(e)。これらの観察結果から、すっかりコケと思いこんで持ち帰った。図鑑を開く前に、いつものように顕微鏡で観察した。
 葉身細胞にトリゴンは目立たず、葉緑体の粒ばかりが目立つ(f)。横断切片を切りだしてみると、枝分かれした中肋が数ヶ所に見られた(g)。中肋部付近を詳しくみると、組織分化がやけに進んでいる(h)。根茎の断面に到ってはさらにそれが顕著だった(i)。
 無性芽のように見えた部分(d)を倍率を上げて見ると、その縁はまるでスギゴケ科の剋浮思わせられた(j)。この部分を押し潰してみると、なかから緑色の胞子のようなものが出てきた(k, l)。この時点で何か変だなぁとは思ったが、きっとこんな変わったコケもあるのだろうと思った。
 「蘚類にこんな形質をもった連中はいなかったよなぁ」。でも、「苔類にしては変だしなぁ」、しかたないから平凡社「日本の野生植物 コケ」で絵合わせをしてみた。ミズゴケ科、クロゴケ科、ホウオウゴケ科、ヤスデゴケ科などなど、全くあり得ない科を除いて、まずは何度も写真を眺めてみた。でも、いくら眺め回しても、似通ったコケはどこにもない。
 コケの図鑑に掲載されていないということは、これはコケではないらしい。40〜50分ほどして、ようやく気づきはじめた。コケと間違えられる植物といえば、地衣類、シダ類、緑藻類くらいしか考えられない。まず、形態からみて、地衣類と緑藻類は考えなくてもよさそうだ。
 原色日本羊歯植物図鑑をみると、コケシノブ科 Hymenophyllaceae というものがある。説明を読むと、「葉は小形で、葉身はほとんどの種類のもので、1層の細胞からなり、気孔がない」「胞子嚢は、葉脈の先端が肥厚してできた胞子嚢床につく」「胞子は、同形、四面体型」等とある。
 属の検索表をたどっていくと、「1. 包膜は二弁状、根茎は針金状で細く、毛が少ない」→「2. 葉縁には不規則な鋸歯がある」→コウヤコケシノブ属となる。そこでコウヤコケシノブ属の説明を読むと、ピッタリである。掲載されていたのはコウヤコケシノブ Hymenophyllum barbatum 1種だけであったが、その記載にほぼ合致する。コケの図鑑には無いはずである、シダなのだから当然なのだが、それに気づくまでにかなりの遠回りをしてしまったわけだ。
 まさかシダにも1層からなる葉をもった仲間があるなどとは、思いも及ばなかった。乾燥標本水に戻すと生の時の姿に復帰した(c)。コケ以外で乾燥状態から生きているときの姿に復帰する植物があるとは考えてもみなかった。この他にもイワヒバ科 Selaginellaceae のシダも要注意のようだ。これらの科に属するシダの描画や写真をみると、確かにコケと間違えても不思議のないようなものがいくつもあった。