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2007年1月15日(月)
 
コケ標本の特異性
 
 この冬の暖冬がもろに影響して、多くのきのこ標本を腐らせてしまった。きのこの自宅標本は、標本を納めた袋に乾燥剤と防虫剤を加え、大形のプラスチック製密閉ケースに格納して、北側の部屋に保管してあった。プラスチックケースにはそれぞれの標本とは別個に、多めに乾燥剤と防腐剤、防虫剤をいれてある。乾燥剤などは季節の節目毎に交換してきた。
 埼玉県川口市など、首都圏の冬場は乾燥と低温が続くので、油断していてもまず標本が腐ったりカビでやられることはない。だから、プラスチックケースの乾燥剤などが期限切れになっていても、冬場は放置してきた。昨年11月末の頃、乾燥剤が期限切れになっていたが、いつもの通り、放置しておいた。過去にはそれで全く問題はなかった。
 ところが、今年は冬場に何度も雨が降り、高い湿度の日が何度もあった。ある日ふとみると、標本を多数納めたプラスチックケースが結露していた。気になって中の標本をみると、多くがすっかりカビにやられていた。結局数百個の標本を処分するハメになった。
 振り返ってコケ標本を考えてみた。コケの場合、他の生物標本と比較してかなり特異なものではないだろうか。きのこは無論として、顕花植物、隠花植物、羊歯植物などと比較しても、かなり様子が違う。保管が楽で、変質・変化が非常に少ない。
 自分の関係するきのこと比較してみた。きのこは、生状態での観察が非常に重要である。形態・色・変色性・匂い、これらは、種の同定に必須であるが、乾燥するといずれも失われてしまう。しかし、一般的には乾燥して標本することになる。それも、自然乾燥に絶えうるきのこは少なく、採取後直ちに熱風乾燥をせねばならない。
 きのこの乾燥標本は簡単に腐ったり、虫に食われてしまう。したがって、防湿・防虫の措置が必須である。乾燥標本をもとに観察する場合でも、生時の色や変色性、匂いなどは戻ってこない。全体的な形態にしても、激しく変形していることが多い。
 一方こけの標本はどうだろうか。乾燥する段階から他の植物や菌類とはまるで違う。だいたいは室内に放置しての自然乾燥でよい。しかも、防湿剤や防虫剤など入れずに、そのまま乾燥状態のものをケースなどに収めておくだけでよい。標本を納める紙袋にしても、ほぼ同じような大きさのもので統一することすらできる。
 古い標本を調べる場合でも、湿気を加えるとまるで生時と同じような状態に復元するものが多い。葉の形やサイズも生時とほぼ同じ状態に戻る。したがって、生の時にいい加減な観察記録しかとってなくても、後日乾燥標本から記載を起こすことも可能だ。
 キノコだと新鮮な状態を失わないうちに、形態の観察と記載を行っておかなくてはならない。そして、なるべく早く熱乾燥にかけないと腐敗や虫食いで標本的価値が失われてしまう。したがって、記録の仕事は時間勝負だ。たくさんの種を持ち帰ってしまったときなどはまさに地獄となる。
 それに対して、コケの観察はとても楽だ。多くの種類を持ち帰っても、日陰などに放置して自然乾燥させてしまえばよい。そして、そのうち時間のできた時に記録し観察すればよい。苔類では油体の観察が必要だが、数日はそのまま放置しておいてよい。しばらく観察できなければ、タッパウエアなどに入れておけばよい。
 たくさん採取してきても、後日少しずつ記録することができる。しかも、標本は自然乾燥でよく、防腐剤や防湿剤などをいれずとも大丈夫ときている。しかも、かなり時間を経た標本でも、湿らすとたちまち生時の姿をとりもどすものも多い。