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2007年2月10日()
 
「観察覚書」の内容
 
 種の記載論文というのは、蘚苔類であっても菌類であっても、ほぼ同じようなものらしい。他の世界でも同様なのだろうが、何とも味気ない独特の形式である。

 まずイントロがある。続いて供試標本について「植物体は・・・.茎は・・・.葉は・・・.仮根は・・・.葉身細胞は・・・.剳ソは・・・.凾ヘ・・・.剋浮ヘ・・・.××は・・・.」とパーツごとに形質状態が詳述された「記載文」がくる。つづいて「考察」とか「ノート」として、既知種との区別点や詳細な議論などが述べられ、最後に「謝辞」、そして「引用文献」となる。
 「・・・」の部分には、専門用語が、形容詞(句)等で列挙される。どんなに長くても、ひとつの形質については、一文で記される。大きな句の区切りではセミコロンが使われる。だからだろう、句読点よりも、カンマとピリオドが好まれる。日本語としては、典型的な「悪文」である。

 「観察覚書」は種の記載文ではない。だから、種の形質状態を厳密に記したものとは、全く別である。たまたま目に付いたから持ち帰り、気が向いたから観察したコケについてのメモである。しかも、持ち帰ったり、観察する種は気分によって決まる。それでも、自分自身が後日読み返しても理解できる程度の「客観性」だけは保ちたいと思っている。
 同じ部位を表現するにも、葉頂/葉先/葉端/葉の先端などの語彙が入り交じる。自分にとって初めての科や属については、細かな記述が多いかもしれない。次に同じ属について出会った場合は、属に共通の形質については省略されたりしている。さらに、その属を特徴づける形質についての観察結果が省略されたり、無用と思える冗長な記述もある。

 ここで「自分自身が後日」分かるようにということは、意味深長である。全くの初心者の頃と、多少の経験を積んだ時点では「分かる」範囲と表現は大きく異なる。かつて「腹側に折れ曲がった葉」と書いていたものが、あるときから「腹片」となったり、「葉の周囲は滑らかで」と書いていたものが、いつの間にか「葉は全縁で」といった表現になる。
 さらに、その時点での主たる関心の在処に強く支配される。中肋部にのみ偏った観察をしたものもあれば、造精器や造卵器に主たる関心を示した「観察覚書」もある。どの種なのか分からず観察した結果、以前観察したものと同一種に落ちるような場合もあった。特定の同一種が何度も取りあげられるのは、こういった事情があるからだ。