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以下の記事は「今日の雑記」の内容をそのまま転載したものである。

2007年8月19日()
 
組織バラしの応用
 
 きのこの担子器・シスチジアの形態やサイズ等を正確に観察するには、組織を潰さないように上手くバラすことが必須となる。その場合、3〜5%程度のKOHを使うのは常識となっている。さらに、境界を明瞭にするためフロキシンなどの染色剤が使われる。
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 蘚苔類の世界でも、スギタケの仲間(a, b)では、同定にあたって微細な構造が問題とされる。このところ「今日の雑記」はお盆休みとして、きのことは全く関係ない話題をメモってきたが、今朝の話題は、キノコ世界の手法をコケに流用したところうまくいった事例だ。

 スギタケの仲間には、一般にラメラといって、葉の腹面(上を向いた面)にキノコのヒダ(ラメラ)のような構造物がある(c, d)。コケ世界では薄板という訳語が使われる。このラメラの頂端細胞の構造が、同定に大きな影響をもっている(e, f)。この部分の観察抜きでは同定は困難だ。
 図鑑やモノグラフをみると、葉を横断面で切った時の図や、縦断面で切ったときのラメラの様子が記されている(d, f)。スギタケの仲間は一般に葉のサイズが大きく、長さ6〜10mmほどあるので、横断面の切り出しは楽にでき(g)、ラメラの横断面の様子は簡単にわかる(h)。
 

(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 ところが、ラメラの縦断面の様子を確認するのは難しい。ラメラを一枚だけ切り出したり取り外すのは、簡単にはできない。コケ世界に首を突っ込んで既に1年が経過する。当初は、スギゴケ仲間の葉は、横断面ばかりではなく、苦労して縦断面(i)をも切り出して観察していた。
 途中から考えた。要は、ラメラを一枚横に寝かせてそれを観察すればよいわけだ。一般に生物組織はKOHで繋がりが弱くなる。担子器を観察するときの手法が使えるのではないだろうか。3%KOHで葉の一部をマウントして、カバーグラスの上から圧を加えて組織をズラしてみた。
 キノコの場合とは圧の加え方と方向がやや異なるが、この方法は上手くいくことがわかった。まず、コケの葉の中央に走る太い部分(中肋という)を捨てる(j)。これを3〜5%のKOHで封入して、上にかぶせたカバーグラスの上から軽く左右にズラしながら圧を加えた。
 ラメラがバラバラになった(k)。これを実体鏡の上でていねいにほぐすのもよし、そのままさらにカバーグラスを適当な厚で左右にずらすと、ラメラの縦断面がはっきりとわかるようになる。すると、ラメラの縦断面が明瞭に捉えられる(l)。ラメラ先端の様子がはっきりと分かる。
 写真を撮るのでもなければ、これで充分だ。文章で記すと長いが、この作業に要する時間は、せいぜい30〜40秒にすぎない。ラメラの縦断面を撮影するのであれば、実体鏡のしたでラメラを数本だけバラして撮影すればよい。ラメラ一枚を縦切りにする労力と技術にくらべれば、こんなに簡単なことはない。
 思いがけないところで、きのこ観察で培った技術は他の世界でも生きることがわかった。もっとも、コケ世界でも、キノコ観察で培った技術はそのまま役立っている。