コウボウフデという名がきのこ初心者の口からでることはない。この名を知っているというだけでベテラン扱いされてしまうかもしれない。長年きのこと関わっていると、名前だけは知っているが見たことがないきのこがリストアップされていく。いわゆる珍菌・稀菌である。コウボウフデはその代表とも言えよう。
コウボウフデという名称は川村清一氏の命名(1954)であり、実に適切なよい和名だと思っている。川村氏は「原色日本菌類図鑑」第七巻で「本菌の分類に就て考ふるにケシボウズタケ科(Tulostomataceae)に属することは明らかであるが」と記述し、Dictyocephalos属に置いた。矢田部武雄氏と川村清一氏との間の私信からは、初めてコウボウフデに接した川村博士の驚きなどがありありと伝わってくる(糟谷大河氏「コウボウフデの文献紹介」)。後に大谷吉雄氏により再検討されBattarrea属に移された(1960)。大谷氏は「日本菌学会会報」Vol.2の中で「基本体内部は、担子柄、胞子並びに弾糸よりなる。担子柄は円筒形、散生して束生することなく、完熟した材料では時に識別困難である。」と記述している。
どこにでもあるきのこではないが、かといって非常に珍しいのかというと、そうでもない。全国各地で採取されているのだが、連続して毎年発見される場所というのがとても少ない。現在のところ、ほぼ毎年発生が確認されているのは、福島県、栃木県、富山県、京都府など日本全国でも数ヶ所しか知られていない。これまで永いこと日本特産とされ、海外では同じような姿のきのこは知られていなかった。国内の代表的なきのこ図鑑には写真付きで掲載され、担子菌類ケシボウズタケ目に属する腹菌として広く親しまれてきた。
ところが、最近になって、コウボウフデは担子菌ではなく、ツチダンゴと同じ仲間の子嚢菌であることが判明し、Pseudotulostoma japonicumという学名を与えられた(2004)。南米ブラジル西部国境近くギアナ高地にあるパカラミア山でコウボウフデに実によく似た姿のきのこが見つかった(2000)。コウボウフデと比べると、一回りほど小さく相対的に柄も細く色はやや黒っぽい。このきのこには、O.K.MillerらのDNA分子系統解析による研究で子嚢菌であることが推定され、Pseudotulostoma volvataという学名を与えられた(2001)。
コウボウフデと非常に近縁の種が地球の反対側で見つかったわけである。面白いと思うのは、物理的に非常に離れた日本とギアナで同じ属の珍菌が見つかったという事実だ。コウボウフデの新たな学名や発表形式などについては、nomen nudumをめぐってとかくの議論もあるようだが、コウボウフデ新学名のjaponicumというのは、川村博士の功績に配慮してつけられたものだ。
それにしても不思議なものである。ケシボウズタケ科の珍菌と思っていたからこそ、永いことコウボウフデの幼菌にこだわってきた。実は子嚢菌でありケシボウズタケ科とは関わりがないと判明してからは、急速にコウボウフデに対する関心が薄れていくのを否めない。人間とは身勝手なものである。コウボウフデそのものは担子菌であろうと子嚢菌であろうと、以前のまま何一つ変わっているわけではないのだ。(2004.4.4)
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