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胞子紋のこと2



「胞子紋のこと」を見た井口 潔氏から興味深いメールを戴き(2001/11/17)、ご本人の了解も得ているので、ここに紹介しておこうと思う。

 ○チャワンタケ類にも胞子紋の色調の差がある。チャイロミキンカクキン属の菌 は、いずれも褐色〜オリーブ褐色の胞子を持ち、属の決定に有意義な特徴の一つであ る。

 ○ガラス上に多量に落とした胞子を、5%KOH(1分程度)→蒸留水(2-3回)→メルツァー 液→蒸留水(メルツァー液の黄色が消える程度に)での手順で処理することで、 胞子のアミロイド性が、検鏡しなくてもある程度判断できる。

 ○シャーレに、1.5%濃度の素寒天平板を厚さ1mm程度に作っておき、シャーレの上 蓋にきのこの子実層面を下にしてセットし、そのまま放置する。
 チャワンタケ類(特に小形の子嚢盤を形成する種類)・マメザヤタケ類・冬虫夏草 類の一部・多くの腐生性ハラタケ類などにおいて、胞子の発芽が観察できる。観察 は、シャーレをひっくり返し、寒天面の裏面から直接に検鏡してもよく、胞子紋の一 部を切り出し、これをプレパラートにして観察してもよい。
 前者の方法では、レンズの作動距離の関係から、観察倍率は200倍程度が限度で ある。ただ、撮影しやすい視野をあれこれ選べる点や場合によっては分生子形成まで 観察・撮影できる点は利点であるといえる。
 後者の場合には、プレパラートにした後にスライドグラスごとおだやかにあたた め、次いで放冷すると、寒天内に胞子が分散して包み込まれ、視野内で振動する(ブ ラウン運動による)ことがなくなる。そのため、微細な胞子の顕微鏡写真撮影が非常 にやりやすくなる。

 なお、上述の素寒天平板は滅菌しなくても使えないことはないが、分生子形成まで 観察したい時や、平板を作りおきしておきたい場合などにはオートクレーブ滅菌して おいた方がよい。高圧滅菌してもこわれない抗生物質の一種「クロラムフェニコー ル」を加えておくと、さらに安心である。

 ○イグチ類などの、胞子紋作成中に腐敗や虫害が起こりやすいきのこでは、かさの 表皮と肉の大部分を除去しておくとよい。場合によっては、管孔層も半分程度とり除 くこともある。さらに、柄付針などを用いて、子実体内部に潜んでいるハエなどの幼 虫をできるだけ取り除いておけば、なおよいだろう。

 ○フランスの菌学者アンリ・ロマニエシ(Henri Romagnesi)は、ベニタケ属の分 類に際して、「胞子紋の色調の判定は、ガラス板上に濃厚な胞子紋を形成し、その上 を静かにカミソリの刃でこすって胞子を集め、その色を観察することによって行う」 としている。

 ○胞子紋の保存に際しては、一般には濾紙の裏面からフィクサーティフを拭きつけ るが、多少とも胞子紋の色調に影響を与えるのはやむを得ない。なお、フィクサー ティフを塗布しない場合には、胞子紋が形成された濾紙をホルマリン固定してから乾 燥した場所に保管することで、カビの害をいくらか回避できる。
 適当なサイズの密閉できる容器(プラスティックタッパーなど)の中にホルマリン を染み込ませた濾紙を1〜3枚入れ、その上にプラスティック製のメッシュを載せ、 さらにその上に胞子紋を形成させた濾紙を置いて密閉し、一晩放置すればよい。

(井口 潔氏 2001/11/17付け E-mailより:2001/11/21記)