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菌類懇話会の菌懇会通信No.92(2003.11.16刊)に投稿したものをそのまま収録したものです。


 
ケシボウズ (Tulostoma) 随想


 さる10月13日にいわき市の新舞子浜でケシボウズ(Tulostoma striatum)の発生を確認した。福島県の海では初めての採取例だろう。ここは3月に初めて知ったときから、いかにも発生しそうな環境であると感じていた。今年の菌懇会合宿の折にも、沢田芙美子氏・柴田靖氏らと一緒にこの浜を歩いてみたがそのときは発生していなかった。残念ながら今回のものは発生から既に1ヵ月ほど経過しており、新鮮な個体は少なかった。

 ケシボウズは決して珍しいきのこではないのだが、なんといっても地味で目立たない。食とは全く無縁だし、いわゆる「きのこ」の発生する環境にはほとんどみかけられない。だから、一般のきのこ狩りの人たちや愛好家などの目には全く触れることがない。そんなわけで生態についてもよくわかっていない。国内では発生時期ですらほんとうのところは全く不明である。多くの図鑑に「夏から秋(冬)」に発生すると記述されているが、これは海外の文献の孫引きであろう。

 現在国内で発生が確認され、和名を持って公に認知されているのは5種類ということになっている。ナガエノホコリタケ(T. fimbriatum var. campestre)、ケシボウズタケ(T. brumale)、アラナミケシボウズタケ(T. fimbriatum)、ウロコケシボウズタケ(T. squamosum)、ササクレケシボウズタケ(T. verrucosum)がそれである。このうち、ササクレケシボウズタケは正式に提起された和名ではなく、いまだ仮称のままである。ほかにもスジケシボウズタケ、サヤケシボウズタケという名称が過去に使われたことがある。

 故吉見昭一氏は1999.8月「日本産腹菌類および腹菌群一覧表」で新たな国産種としてスジケシボウズタケ(T. striatum)を追加された。しかし、2001年6月に科博新宿分館で行われた菌学講座「ケシボウズタケの分類」では、スジケシボウズタケは国産種のリストから除外されてしまった。また、サヤケシボウズタケという名称は、そういうキノコが国内で確認されたということではなく、分類上仮に名づけたものに過ぎないようだ。

 一方 J.E.Wrightのモノグラフ(1987)によれば、これまで世界中で百数十種が記載されているが、信頼できるものは87〜90種ほどであるという。ここで記載されたサンプルには日本国内のものはごくわずかであり、TNS(国立科学博物館)のサンプルが一部取り上げられているに過ぎない。しかし、そこに掲載されたサンプルでTNSには存在せず、科博標本のリストにも載っていないものがある。T. striatum などはその一例である。

 吉見氏がかつてスジケシボウズタケという名称を与えたにもかかわらず、後日訂正・削除したのはなぜなのか。その経緯を知りたいと思い、筑波の科博標本庫に行って調べてみた。直接自分の目で確認したところ、松田コレクションに T. striatum というサンプルはなかった。無論国産種のサンプルにも T. striatum はなかった。Wrightが記述したというTNSのサンプルは現在どこにもない。吉見氏が亡くなられた今、これらの経緯はもはや明らかにされることはあるまい。

 国内に生息するケシボウズの種類がたかだか一桁というのは信じがたい。科博や千葉中央博など国内の標本庫に収められたサンプルはとても少ない。数日もあれば一通り観ることができる。しかし、国内には少なくとも数十種はみられるはずだ。そんなわけでまだまだ当分の間は、海辺や石灰岩地帯を放浪する日々が続きそうだ。
(2003年10月18日記)