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検索表をたどる

この記事は「今日の雑記」2003年10月21日をそのまま転載したものである

 
2003年10月21日(火)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 今日の雑記はとても長い。検索表を使った同定作業をなぞったものだが、きのこの初心者に向けたメッセージのようになってしまった。なお、検索表をたどるには顕微鏡は必須である。

●はじめに  −保育社図鑑を手許に−
 朝、団地近くの雑木林の隅で、柄の細い肉桂色の小さなきのこを採取してきた(a, b)。これを材料にして、検索表からの同定作業をやってみた。使ったのは最もポピュラーな保育社「原色日本新菌類図鑑」である。図鑑(T) p.20−23に掲載されている (ハラタケ目の科の検索表) をたどることにした。文字で説明すると、非常に単調で退屈な作業である。図鑑を手許に置いて当該ページを開いてみないと、何のことかわからないだろう。

●写真のきのこへの補足データ
 写真だけからでは読み取りにくい外見上のデータは次のとおり。傘径8〜28mm、柄1.8〜2.8×35〜65mm、柄の基部はごくわずかに膨らみ軽く白毛に被われる。全体にもろく華奢である。傘にぬめりはなく、ほとんど平滑で鱗片などはない。特徴のある匂いなどもない。胞子紋は類白色。発生していた場所はシイ、コナラ、エゴノキなどを主体とする雑木林である。
 検索表をたどる準備として、ヒダを切り出し(c)、胞子をメルツァーで染めて低倍率で確認し(e)、クランプの有無も見た(f)。まず先入観抜きに検索表(p.20)を頭からたどってみた。

●ハラタケ目の科の検索表をたどる
 1.をみると「多数の球形細胞を含み」とあるので、1'.に移る。すると2.にとぶことになる。ヒダ実質(子実層托実質)は並行型ゆえ(c, d)、2'に移る。すると10.にとぶ。胞子は角ばった形をしていない(d, e)から、10'.に移る。すると11.にとぶ。子実体の肉は強靭ではないから11'.に移る。すると、12.にとぶ。12の記述は該当しないから、12'.に移る。すると13.にとぶ。13.の記述も合致しないから、13'.に移る。すると14.にとぶ。同じ手順で次々たどると、15.→15'.→16と移って、最終的に16'.に落ち着く。ここには「キシメジ科Tricholomataceae(大部分の連)p.56」と記述されている。

●属の特徴からキツネタケ属に落ちる
 次にキシメジ科(p.56)の分類を見ると、1.シメジ連 Tribus Lyophyllae〜11.ホシアンズタケ連 Tribus Rhodoteae まで11の連(Tribus)が掲載されている。そして以下に代表的な属が、シメジ属 Lyophyllum Karst.(p.57)〜ホシアンズタケ属 Rhodotus Maire.(p115)まで、各々について属の特徴と代表的な種が詳述されている。この属の特徴を頭から順に見ていくと、キツネタケ属 Laccaria Beck. & Br.(p62)の特徴に合致する。この段階ではクランプの観察も必要となる(f)。

●キツネタケ属の種の検索表をたどる
 以上は写真の上段(a〜f)のみで事足りる。p.62にはキツネタケ属(日本産既知種検索表) が掲げてある。再び先に (ハラタケ目の科の検索表) をたどったのと同じ手順で読み進むと、1.→1'.→2.→2'.→3.→3'.→4.→4'.→5.→5'.→6.となり、キツネタケモドキに落ちる。そこでp.78のキツネタケモドキ Laccaria ohiensis(Mont.) Sing. の項を読んでみる。するとそこにある記述とほぼ合致することがわかる。つまりこのキノコはキツネタケモドキということになる。

●検索に必須の検鏡データ  −顕微鏡で何を見る−
 検索の過程で、ヒダに球形細胞をもつかどうか、子実層托実質が並行型かどうか、ヒダにクランプがあるかどうか、担子器がいくつの担子柄をもっているか、胞子サイズはどのくらいか、刺の高さはどのくらいか、メルツァー反応はどうか、等などのことが問われる。これらの問いに答えるためには、下段の写真(g〜l)などの観察が必要となる。また種によっては、シスチジアの有無や形、あるいは試薬反応なども重要なポイントとされる。

●下段写真への補足説明
 なお、下段の写真のうち、(h)は担子器の基部にクランプがあるかどうかをみたもの。(i)はメルツァー液中での胞子表面の姿。(j)はフロキシンで染めた胞子の輪郭部。(k)と(l)は担子器の柄がいくつあるのかを焦点位置を変えて撮影したものだ。結果的に多くが2つの胞子をつけ、一部に担子柄がひとつのものや3つのものが見られた。

●状況証拠と経験の積み重ね
 以上の作業はある意味非常に単調で退屈である。しかし一面推理小説を読むのと似たような作業かもしれない。状況証拠を積み上げていくことによって次々に謎が解決していくのは快感である。しかし十分な観察を重ねても、しばしば迷宮入りになったり、お蔵入りになる。その多くは新種や新産種にぶつかったときであり、また資料不足で解決できない場合だろう。
 観察技術や切片作成技術の巧拙、さらには顕微鏡の扱い方などによっては、見えるはずの部位がはっきりしなかったり、自分がどこを見ているのかわからないこともおこる。

●さいごに  −やはり検索表は有用−
 最近はここまでしなくても、たいてい直ちに属・亜属・節までたどり着けるので、「科・属の検索」はめったにやらないが、以前きのこ初心者の頃にはよくやった作業である。現実には、特定のジャンルのきのこごとに、さらに詳しい専門書で属や種の検索表をたどらなければならない場合が多い。その場合の言語は英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ラテン語などが多い。