back

きのこをよい状態で持ち帰る



 きのこをていねいに観察しようと思うと、どうしてもいくつかの個体を標本として持ち帰るらねばなりません。よい状態できのこを持ち帰るために、それぞれに工夫をされていると思います。ここで紹介するのは私たちが日常行っているやり方ですが、もっと適切な方法が多々あると思います。ベテランにとっては当たり前のことばかりでしょうが、きのこ観察初心者には役に立つこともあろうかと思います。

持ち帰る場合の基本原則

 まず、何のためにきのこを持ち帰るのかというと、自宅に戻ってさらに詳しくそのきのこについて調べたいからです。だから見てすぐに同定できるきのこは原則として持ち帰りません。
 なるべく良い状態で持ち帰るために以下のようなことを配慮しています。これらの条件をなるべく満たすことを考えると容器などの満たすべき条件はほぼ決まってきます。

  • きのこの姿を壊さないこと
  • 胞子が混じらないようにする
  • 乾燥しきらないようにする
  • 蒸れないようにする
  • 基物などがわかるようにする
  • 年月日と場所を明確にする
  • 後処理がらくなようにする
  • かさばらないようにする
  • 手軽にできるようにする
   
 当初はあまり考えることもなく古新聞紙だけ使っていましたが、今では紙袋・タッパウエア・フィルムケース・小ビン・アルミホイール・クッキングペーパーなどが主役となりました。もっともよく使っているのがが下記サイズの紙袋です。菓子などを入れるのに使う底の広いタイプです。これらをすぐに取り出せる状態にしてフィールドを歩いています。

[常時持ち歩いている紙袋類] (単位はmm)
230×130×80、215×115×70、175×90×50、140×95、105×80、120×85(チャック付ポリ袋)


きのこ姿を壊さないこと

 あまりにも当然のことといえばその通りなのですがこれが思いのほか難しいといえます。
 テングタケ科のように、大きな傘ともろい柄を持つようなきのこでは、袋の中にきのこと一緒にクッションの役割を果たすものを入れたり、クッキングペーパーで柄をくるんだ状態で紙袋に入れています。新聞紙でくるんでから紙袋に入れるのもとても有効です。
 スッポンタケなどの腹菌類では、紙袋を使わずタッパウエアやらチャック付ポリ袋などに収納しています。多少空気をいれてほど良いふくらみにして封をします。タマゴなどはプラスチックビンやらフィルムケースも使います。
 クヌギタケ科のような小さなきのこは必ず材と一緒に採集してピッタリ収まる程度の大きさの紙袋に収納します。また小さなチャワンタケなどはフィルムケースを利用します。
 採取したきのこを窮屈な買い物用ポリ袋にぶら下げて歩いていて大半をツブしてしまったことがありました。サンプルを持ち運ぶ容器はしっかりして風通しのよいものを使うのが賢明です。
 たとえば、スーパーの買い物籠やら竹籠のようなものも有効だと思います。友人のひとりは大きめのリュックにゴミ入れ籠を納めて、そこにきのこを入れて運んでいます。

胞子が混じらないようにする

 これまたあまりにも当たり前のことですが、絶対に違う種類のきのこを同じ袋に入れないことです。
 異なる場所などで採取したものはたとえ同じ種と思えても必ず別の袋に入れることです。その場合、採取場所を袋に略記しておきます。
 これをきちんとしなかったために失敗したことがありました。数十メータ離れた距離に発生していたきのこを同一種と決め込んで同じ袋に入れて持ち帰ったところ、胞子の形が全く違ったものが混在していてあわてたこともありました。
 さらに一度使用した紙袋やらチャック付ポリ袋は必ず処分することです。もったいないからとチャック付ポリ袋を洗って再使用してしまってしくじったこともありました。
 手持ちの紙袋などが底をついてスッカラカンになってあわてたこともありました。こんなときには古新聞紙を持っているととても便利です。適度の大きさに切って、きのこをくるんでから両端を絞るようにひねります。

乾燥しきらないようにする

 この条件はふだんはさほど気にしていません。というのも、たいがいのきのこは1日程度なら形の変化などほんのわずかです。でも泊まりがけで出かけたようなときはかなり気をつかいます。紙袋に入れたサンプルは、あまり大きな声でいえませんが、備付けの冷蔵庫に放り込んで保管します。
 落葉腐朽菌やら腹菌類などはすぐに乾燥してしまい姿が変わってしまいます。こういったものは乾燥を防ぐというよりも、積極的に湿気を保った状態で持ち帰ります。具体的にはタッパウエアに湿らせたクッキングペーパーやら濡れティッシュペーパーなどをいれて密閉してしまいます。
 プラスチック製のコンビニ弁当などの空ケースはとても役に立ちます。小さなきのこなどはここに基物ごと一緒に入れ濡れティッシュをいっしょにして輪ゴムかけておきます。アルミホイールもまた万能といってよいほどです。乾燥防止にはうってつけです。


積極的に乾燥させてしまう

 採取したらすぐに乾燥させてしまった方がよい場合もあります。泊りがけで出かけてきたような場合、仲間の多くは採取したサンプルを夜のうちに乾燥装置にセットしてしまいます。朝には乾燥標本ができあがっています。
 これは車を使って宿泊する場合にしかできませんがとても有効です。乾燥装置はダンボール箱と餅網と乾燥機があればすぐできます。難点として、同時に複数人が同じことをするとブレーカーが落ちてしまう、部屋が蒸し暑くなる、臭いが充満することがあるなどのトラブルの発生です。  特にヒトヨタケ科のきのこのようにたちまちに溶けてしまうようなものは直ちに乾燥させて持ち帰るか、その場でプレパラートを作成しなくてはなりません。

蒸れないようにする

 1日程度であれば、フィルムケースやタッパウエアなどで密閉状態にしておいてもほぼ大丈夫です。しかし、長時間直射日光に晒されたり高温中に放置すると、わずかの時間でも蒸れてカビが発生したり、内部から虫に食われてしまったり、しなって変形してしまいます。
 採取したサンプルなどを、梅雨時や真夏の暑い時期などに車などに放置しておくとたちまち蒸れてダメになります。1時間程度の放置でも車中の温度が摂氏60度を超えることはしばしばあります。走行中であればまだ車体が走行風で冷やされるのでここまでの高温にはなりません。注意すべきは長時間にわたる駐車です。
 梅雨時や真夏の移動時には、採取したサンプルはかならずクーラーボックスに入れています。一時期はトランクに常時クーラーボックスが2つ搭載してありました。

基物などがわかるようにする

 どんな材から生えていたかということが種の同定に決定的に重要となることがあります。
 以前ホウライタケ科の小さなきのこを採取した折りに、柄を材から切り離してフィルムケースにいれて持ち帰りました。結局種の同定はできませんでした。
 ときにはナイフやら鋸で材の一部を切り出してそこから発生したきのこと一緒に持ち帰ることも必要です。
 以前ホシアンズタケが出ている樹種を特定するために、きのこの発生している枯枝を、鋸で切って専門家に送り材の確認をしてもらったことがありました。それまで、材はオヒョウに違いないと思われていたからでしたが、このことでハルニレから発生することが確認できました。
 きのこが出るまでに腐朽した材では葉の形とか幹表面の特徴などを樹種の判定に使えません。針葉樹だとばかり思っていたら実は広葉樹だったといったことはしばしばあります。
 キンカクキンなどはギロチンをしないように注意して採取し、必ず菌核の部分を採取することは当然ですが、あわせて落葉や落穂、果実なども採取しておくと役立ちます。

年月日と場所を明確にする

 日帰りで帰宅後すぐに処理するなら場所だ年月だといったことは問題となりません。帰宅後に必要事項を記述すればよいからです。
 しかし、泊まりで出かけて採取したようなときは採取時にメモしておくことが必要です。また、帰宅してすぐに処理できない場合も結構あります。その場合も、できたら採取時に最低限の事項は紙袋などに記述しておきます。ポケットには常にサインペンです。
 自分の力だけで種の同定ができないケースはかなりあります。そんな場合でも専門家にサンプルを送って同定してもらえるというケースもあります。
 多くの専門家はなかなかフィールドに出られません。専門家にとってアマチュアによるフィールドデータは重要な情報源です。どんな専門家でもそれなりの礼をつくして必要な情報を添え適切なサンプルを送れば、たいていは同定に応じてくれます。
 また、地域のきのこの会や保健所などに持っていって同定してもらえるケースもあるでしょう。そんなとき採取年月日と場所、採取環境は必須ですし、良い状態の標本があればなおさらよいでしょう。

後処理が楽なようにする

 先に記述したことといくつか重複しますが、帰宅したあとに採取した標本の処理が少しでも楽になるような工夫も必要です。
 あまりにもたくさんのサンプルを持ち帰ると帰宅してからが大変です。分からなくて多少気になっても「今回はこの仲間を重点的に観察しよう」と決めたらそれ以外のきのこは採取しないのです。
 次に必要以上の個体を持ち帰らないことです。ていねいな同定には幼菌・成菌・老菌が必要なものもありますが、良い個体1つあれば十分なものもあります。多数みつけても必要なものだけを必要な数だけ持ち帰ります。ゴミとして捨てるくらいなら持ち帰らないほうがよいからです。
 これまた既に書いたことと重なりますが、できるだけ採取時に場所と年月、属名あたりまでを袋などに略記しておくことです。こうしておけば、帰宅後にすぐに目的のきのこが見つかります。

かさばらないようにする

 ただでさえ、撮影用具一式がリュックのかなりの部分を占めています。重さもけっこうなものです。これにサンプルが加わるわけです。
 他の項目と重なりますが、一つの種については必要最小限の数だけを採取します。欲張ってあれもこれも持ち帰るのではなく控えめに採取し、時には見なかったことにして通り過ぎることにしています。
 採取した標本がかさばりすぎると、つぶれたり、蒸れたり、両手がふさがってしまって観察そのものを楽しめなくなってしまいます。
 今でこそ昔語りになっていますが、目的地に到着する前にいろいろのきのこに出会い、欲張って沢山採取してリュックも籠もいっぱいになりました。荷物は重いし両手はふさがってしまう。そのうちに歩くこと自体が億劫になってきました。結局目的地に到着する前に戦意喪失でした。結果として、この日はせっかくの貴重なチャンスを逃しました。

手軽にできるようにする

 採取しようと思ったときにすぐにそれができるように、チョッキのポケットやリュックの出しやすい位置に紙袋とサインペンなどを容れています。
 撮影したのち採取するわけですが、このときに適当な大きさの紙袋などがすぐに出せないと「まぁいいゃ、今度であったら採取しよう」ということにもなりかねません。そういうときに限って二度と出会えず、後悔することになります。
 また、採取したらその場ですぐに年月や属名などを記述できるよう、サインペンをやはりチョッキのポケットにいれておきます。いちいちリュックの中をひっくり返して探している状態だと、そのうちに面倒になってしまいます。
 採取しようと思ったときにすぐできる環境、メモしようと思ったときにすぐできる環境、こういったものを整えておくことは大切だと思います。
 このため、自宅ではきのこ観察に出るときのリュックは常時内容を把握しておき、紙袋などは不足しないように適宜補充しています。これはすべて現地で楽をするためのものです。

経費がかからないようにする

 ただでさえ交通費やら宿泊費がばかになりません。また、菌類関係の専門書なども購入するのでこの経費もバカになりません。そうなると、おのずと採集袋などにもなるべく経費をかけないようにしなくてはなりません。
 年に数回、浅草橋の卸問屋にいって紙袋やらプラスチック袋などを買ってきます。このときは6通りくらいのサイズの袋を200枚から500枚単位で購入します。
 以前は駄菓子屋さんに分けてもらったり、50枚単位くらいで購入したりもしましたが、結局かなり高いものにつきました。新聞広告の紙などを使って自分で作ってもよいのですが、そうすると今度は時間が足りなくなります。
 プラスチックケースやら、タッパウエア、台所用品などは近くの100円ショップを利用しています。以前はコンビニなどで高いものを買っていました。
 コンビニ弁当などの空きケース(プラスチック製)は洗っておけばそのまま活用できます。また発泡スチロール皿も同じく洗って保管しておくと結構役立ちます。このあたりは廃品利用です。
 また、日常持ち歩くKOHなどの試薬は目薬の空きケースを使っています。化学反応でおかされない試薬に関しては目薬ケースはとても重宝します。

泊まりがけの場合の一時保存

 宿にとまる場合などは、夜寝る前までに胞子紋を採取できる状態にセットしてしまいます。また顕微鏡を持っていくことも多いので、その場合は、観察の済んだきのこは原則として持ち帰りません。
 まじめなアマチュア研究者は観察済みのサンプルは乾燥標本などにして保管します。でも、私たちは観察済みのものは特別の場合を除いて捨ててしまいます。持ち帰るのは胞子紋だけにしています。
 自宅まで持ち帰るつもりのきのこは、少しでも良い状態を保つための工夫をします。部屋に冷蔵庫があれば、入る限りそこにいれてしまいます。えてして宿の部屋は思いの外暖房がきいています。そんなときは窓などから出して外気中で保存します。

持ち帰りの問題点など

 遠出する場合はほとんど車を使っているので、あまり問題となることはありません。アイスボックスをいつも載せているし、籐で編んだ籠もトランクに入っているので、適当にそこに納めて持ち帰ります。電車・バスを使って出かけた場合はサンプルの採取はリュックに入る程度に押さえています。
 バイクで出かけることも多いのでこの場合が一番気をつかいます。バイクで出かけるのは偵察や撮影を目的とした場合が多いので、サンプルは多少形が崩れても気にせず紙袋に入れてリュックに押し込んでしまっています。帰宅しても傘とヒダが顕微鏡観察に堪えて、胞子紋さえ採れればよいからです。ちなみにバイクはトライアル競技用のバイクなので荷台などはありません。
 近場の観察では自転車もよく使います。静かに走ればきのこは案外崩れないので、あまり気にせずに前輪側に着いた籠に採取した紙袋を買い物ポリに放り込んで持ち帰っています。

食用にするための採取と運搬

 本筋からは離れますが、ホンシメジやコウタケなどに出会ったときなどは、観察用とは別に食用として持ち帰ります。おいしいきのこや好きなきのこは、自分たちで食べられる程度の分量だけを採取します。沢山持ち帰りすぎると虫抜きや、石突の除去、保管や調理にもかなり時間をとられます。最近はほとんど片手に収まる程度しか採らなくなりました。
 その場合、形は崩れないにこしたことはない、といった程度の持ち帰り方でとくに何も工夫はしていません。せいぜいスーパーなどの買い物ポリ袋に放り込んでそのままリュックにいれて運ぶ程度です。ただ、ブナハリタケなどでは採取時に絞って水分を減らし少しでも軽くします。
 あくまでも観察用のサンプルが重要なので、それらを格納するのに支障の無い程度の量だけを採取して、なおかつリュックの下のほうに納めます。
 つまり、サンプルとして採取したきのこが少なければ多めに採取するし、すでにサンプルでいっぱいなら少しだけ採取するということです。

(2002/03/19記)