左側のきのこはホシアンズタケ Rhodotus palmatus 、右側のきのこはコナガエノアカカゴタケ Simblum sphaerocephalum。菌類と深く関わるようになったのには、この二種のきのことの出会いが大きかった。ホシアンズタケは北海道、青森県、栃木県、長野県などで発生が確認されている。北海道ではおもにオヒョウに出るというが、青森県、長野県などではハルニレから、栃木県ではハルニレのほか、ヤチダモからも発生が確認されている。
柄にはワイン色の液滴を数多く宿していることが多く、これはピンク色の幼菌から白色の老菌にいたるまで見られる。表面張力がとても大きいのか、ころころと丸いワイン色の液滴は、どしゃ降りの雨の中でも観察することができる。ある日1ccの細い注射器を使って多数の液滴を集めた。ホシアンズタケを見つけては、根気よく柄の液滴を吸い取って回った。100個体以上から集めたにもかかわらず、注射器いっぱいにはならなかった。指先には強烈な匂いがこびりつく。一つひとつの子実体の宿す液滴は量的にはほんのわずかしかない。これをそのままスライドグラスにたらして顕微鏡でのぞくと、たくさんの胞子を観察することができた。
定期的にホシアンズタケの観察を続けるようになってみると、日光では5月から10月まで発生することがわかった。つまり雪解けから降霜までのかなり長い期間にわたって生息している。
いつの頃からか、寒暖の差が適度にあってハルニレのあるところならホシアンズタケはどこにでも出るのではないか、と考える様になった。めぼしをつけた地点の一つに長野県の戸隠高原があった。戸隠でホシアンズタケの発生を確認したことをインターネット上で公にしたところ、ずっと以前から戸隠でホシアンズタケを見たというメールを何件かいただいた。添付されている写真をみると間違いなくホシアンズタケである。それも1995年とか1997年という。このきのこがきっかけで多くの友人を得ることになった。コナガエノアカカゴタケは海辺の水際から十数メートルという砂地に発生する。しかも初めて採取したのは寒風吹きすさぶ12月の海辺だった。とても強い臭気を発するグレバを持っている。強風の寒い浜辺では無数の小さなハエが飛び回っているという。グレバの強烈な臭いはこの小さなハエを呼び寄せるためのものだろうか。それにしても厳しい生存条件を選んだものだ。
国内ではかなり珍しい部類のキノコである。過去にやはり千葉県の富津海岸や愛知県の知多半島で採取された記録があるが、これ以外に採取記録は知られていなかった。いまでは茨城県、静岡県など多くの海浜砂地で見られることがわかっている。
このきのこに出会ってしまったため、2002年には毎月1度は定期的に砂浜に観察にでかける羽目になってしまった。毎回このキノコが発生するシロを最低でも5ヶ所から6ヶ所ほど回るのだが、あるとき出かけていって唖然とした。海岸線の地形が変わってしまっていたのだ。千葉県九十九里浜南部の浜辺に数ヶ所の発生地点があったのだが、いずれも波打ち際から10数メートルという距離にある。防風林からさらに海寄りの砂丘状の場所であるが、この場所が波に洗われて水没してしまっていたのである。その前の月に4,5本が発生していた場所である。これ以降も観察に出かけたときはその周辺を探索することにしていたが、水没以降周辺ではコナガエノアカカゴタケの発生は確認していない。2002年10月24日には184本も発生していて驚いた。このときは50個以上の卵もみつけた。しかし、こんな不安定要因を抱えた場所を生息場所に選ぶとはなんという大胆な生き方をするきのこだろうか。 (2014.11.26 記)