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[標本番号:No.342   採集日:2007/09/23   採集地:群馬県、水上町]
[和名:ヒナトラノオゴケ   学名:Hylocomiopsis ovicarpa]
 
2007年10月24日(水)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 群馬県水上町の武尊山北麓にある田代湿原近くでいくつかのコケを採取した。そのうちのひとつ、樹幹を地上から高さ2mくらいまで覆って密なマットを作っていたコケを観察した(a〜c)。ふだんは、観察したり撮影しても、その一部を要約的に掲載しているのだが、今朝はややしつこく、観察結果と写真を並べてみた。このため、写真は24枚に及ぶ。
 一次茎は樹幹を這い、二次茎は斜上し、細長い枝を不規則羽状にだす。枝は垂れ下がってついている(c)。一次茎は長さ12〜20cm、二次茎は長さ1〜3cm、枝は長さ5〜15mmで、湿っているとき枝は0.5〜1mmの幅があるが、乾くと幅0.3〜0.8mmとなり、葉が茎にゆるく重なる(d)。
 茎葉も枝葉も中肋が葉長の3/4まで伸び、顕著な縦皺があり、茎や枝には多数の毛葉がみられる(e, k)。一次茎の葉は、広卵形で、長さ0.8〜1.2mm、先端は急に細まって長く伸び、深い縦皺がある。縦皺のために、中肋が皺と紛らわしく、基部には多数の毛葉がつく(f, g)。中肋の先端は牙状にとがり、縁はほぼ全縁。二次茎の葉も似たような形をしている。
 茎葉の葉身細胞は、紡錘形〜楕円形、葉先や中央部では長さ15〜30μm、幅3〜8μm(h, i)、基部から翼部では、矩形でやや厚膜の細胞となる(j)。一次茎の翼部は褐色だが、二次茎ではほとんどが葉身部と同じような黄緑色である。
 枝葉は基本的には茎葉とほぼ同じような形をしたものが多いが、やや小ぶりで幅も狭く、多くは先端が芒状にはならない(k, l)。枝葉は長さ0.6〜1.0mm、広卵形の基部から次第に細くなる。中肋はしばしば枝分かれし、先の方で短く二叉したり曲折するものが目立つ(l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 枝葉の基部にも毛葉が多数つき(m)、先端には微歯がみられ(n)、葉身細胞は、形や長さ幅ともに茎葉とほぼ同様である(n, o)。基部の葉身細胞は、長い楕円形で長さ30〜50μmに及ぶものが目立つ。翼部には、数は少ないが大形矩形の細胞もある(p)。枝葉の中肋背面先端は牙状となり、葉身細胞の一部は、背面先端側がわずかに突出する(q, r)。この突出は葉を横からみると顕著なのだが、枝葉をそのままスライドグラスに載せた状態ではほとんどわからない(o)。
 枝葉の横断面を切りだしてみた(s, t)。深い縦皺のため、折り畳まれたような断面を見せる葉が多い。中肋部をいくつか集め一枚の画像にまとめてみた(u)。葉の基部では、中肋付近から毛葉を出した葉もある(u 左上)。毛葉は披針形のものが多く、枝分かれし、先端は尖る(v)。茎の横断面(w)も枝のそれ(x)も、ともに中心束はなく、表皮は厚壁の小さな細胞からなる。残念ながら朔をつけた個体はみあたらず、雄器や雌器をつけた個体もみつけられなかった。

 茎や枝に毛葉を持つことから、科がかなり絞られる。次に、中肋が1本であり、楕円形の葉身細胞などから、検討すべきは、シノブゴケ科とイワダレゴケ科だけでよさそうだ。茎葉の形から、残る候補はイワダレゴケ科のヒヨクゴケ属とシノブゴケ科のヒナトラノオゴケ属となる。
 ヒヨクゴケ属のシノブヒバゴケは、茎葉の全周に細かい歯があり、葉身細胞は線形で平滑とされる。つまり、枝葉の葉身細胞背面に突起はない。本標本(No.342)は茎葉の先端付近にだけ微歯があり、葉身細胞は線形ではない。一方、ヒナトラノオゴケ属は1属1種とされ、ヒナトラノオゴケだけが知られているという。この種についての説明を読むと、観察結果とほぼ一致する。念のために、Noguchi "Moss Flora of Japan" p.882-883を読むと、間違いなさそうだ。