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[標本番号:No.359   採集日:2007/10/12   採集地:奈良県、上北山村]
[和名:チャボヒラゴケ   学名:Neckera humilis]
 
2007年12月3日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 10月に奈良県の大台ヶ原に向かう途中(標高550m)、林道脇の樹幹についていた蘚類を観察した(a)。一次茎は樹幹をはい、小さな目立たない葉を疎につける。二次茎は長さ6〜12cm、立ち上がって斜上し、不規則に分枝して、側方に枝を出し樹状となる(b, c)。二次茎の途中には、隠れるように雌苞葉に包まれた朔をつける(c〜e)。葉は乾いても縮れない。
 葉は密に覆瓦状につき、卵形〜卵状披針形で、長さ1.2〜1.8mm、先端は短く尖り、葉面は凹み、弱い中肋が葉長の中程より上までのび、葉縁はほぼ全縁(f, g)。葉身細胞は、葉先では丸味を帯びた菱形で、長さ10〜15μm(h)、葉の中程では長い菱形〜楕円形で、長さ15〜30μm(i)、葉の基部近くでは、長楕円形で、長さ70〜80μm(j)、いずれの部分でも厚壁で平滑、中程から基部にかけては細胞壁にくびれがある。葉の横断面をみると、細胞壁の厚さがよく分かる(k)。枝の横断面には中心束はなく、表皮は厚壁の小さな細胞からなる(l)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 雌苞葉にすっぽりと包まれるような姿の朔が多数ついていたので(c〜e)、雌苞葉から先を取り外してみた(m)。朔は、長さ3〜4mmの短い柄を持ち、上向きに毛が生えた僧帽状の帽をかぶり、嘴状に尖った蓋をもつ(m〜o)。朔歯は1列16枚で、内朔歯は見られない(p)。外朔歯は披針形で先端が二つに分かれ、朔歯表面はほぼ平滑である(q, r)。

 樹幹につき、一次茎は細く、二次茎は立ち上がり、不規則に分枝し、枝葉を密につけ、短い朔柄を持つことなどから、イタチゴケ科あるいはイトヒバゴケ科が考えられる。次に、二次茎の葉には中程まで達する中肋があることから、イタチゴケ科のリスゴケ属と、イトヒバゴケ科のイトヒバゴケ属とスズゴケ属が候補にあがる。
 リスゴケ属はわが国では1属1種とされる。リスゴケについての記述を読むと、観察結果とはかなり異なる。さらに、葉身細胞は平滑であり、朔の帽には立ち上がった毛があることから、イトヒバゴケ属ではない。となると、スズゴケ属と考えてよさそうだ。
 種への検索表をたどると、スズゴケとフトスズゴケが残る。スズゴケでは朔は苞葉の外に出、フトスズゴケは苞葉に隠れるとある。本種の朔は、苞葉に包まれるように隠れるから、フトスズゴケとするのが妥当と思われる。平凡社図鑑でも保育社図鑑はもちろん、Noguchi "Moss Flora of Japan" でも、フトスズゴケについては、スズゴケに準ずるとして簡略にしか説明していない。しかし、観察結果を総合的に判断すると、フトスズゴケとしてよさそうだ。

[修正と補足:2007.12.10]
 岡山理科大の西村直樹博士から、チャボヒラゴケ(Neckera humilis)ではないか?、とのご指摘をいただいた。あらためて標本No.359を引っ張り出して、再確認した。以下に記すように、本標本はチャボヒラゴケとするのが妥当と思われる。西村先生、ありがとうございました。
 

 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 ヒラゴケ属 Neckera であれば、胞子表面に微細な疣があるはずである。まず、いくつかの朔を抽出して胞子をみた。十分成熟したよい状態の胞子がほとんど無い。緑色の若い朔や、役割を終えて崩れた朔が多く、ちょうどうまい具合の朔がみつからない。
 そこで、若い胞子と乾燥した胞子をみた(s)。老熟して乾燥した胞子は水でも形が戻らない。両者とも、表面は微細な疣に覆われている。朔歯も再確認した。内朔歯を確認したいと思い、いくつかの朔を潰してみたが、はっきりと内朔歯を捉えることはできなかった(t)。雌苞葉の先端は細く伸びている(m, u)。僧坊状の帽には上向きの毛に覆われている。
 枝葉を再度取り外して確認した。形やサイズは先の観察結果とほとんど変わらない(v)。先の観察時に使った葉は泥汚れがひどかった(g)ので、比較的きれいな葉を選んで、葉身細胞と葉縁の様子を調べた(w, x)。葉上半部の縁には微細な歯がみられる。
 保育社図鑑によれば「枝は葉を含めて幅約3mm、葉は8列につき、卵形〜長楕円形、長さ2〜2.5mm」とある。平凡社図鑑でも基本的にほぼ同じ内容が記される。枝にどのように葉がついているのかをあらためて確認した(c)。どうやら側葉(lateral leaves)が4枚、腹葉(dorsal leaves)が表裏各2枚、あわせて8枚あるようだ。
 Noguchi "Moss Flora of Japan" によれば、本標本は胞子サイズが小さいが、その他の形質は観察結果とほぼ一致する。
 あらためて、保育社、平凡社の図鑑でフトスズゴケの記述を読むと、「スズゴケに近いが」とあり、そのスズゴケの葉身細胞について「長い楕円形、厚膜」と記す。葉身細胞が「上部では菱形」といった記述はみられないから、葉先付近の葉身細胞も長楕円形をしているのだろう。
 一方、チャボヒラゴケの葉身細胞については「長楕円形〜菱形」とあり、「上部では、楕円形〜菱形」となっている。確かに本標本の葉身細胞は上部では菱形である(h, x)。
 フトスズゴケの学名 Forsstroemia neckeroides で、種小詞の部分 neckeroides は「neckera に似ている」を意味する。Neckera はヒラゴケ属である。フトスズゴケはスズゴケ属のなかでもヒラゴケ属に似た形態をしているのだろうか。