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[標本番号:No.319   採集日:2007/08/25   採集地:長野県、富士見町]
[和名:オオミズゴケ   学名:Sphagnum palustre]
 
2008年1月6日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 今年(2008年)初のコケの観察だ。調べてみたのは、昨年8月に長野県の入笠山の標高1,850m付近の湿原で採取したミズゴケ類(a, b)。ミズゴケは見なくてはならない箇所が多いので、何となく後回しになって、そのまま放置されていた。
 すっかり乾燥した標本からは、全体にボテっとした印象を受けた。茎の長さは8〜15cm、乾燥したものは白緑色だが(c)、現地でみたものは黄緑色をしていた(b)。水没させるとたちまち元の色に戻った(d)。開出枝と下垂枝を比較してみると、下垂枝が若干長く、枝葉は茎に密着して細身であるが(e, f)、枝本体そのものの太さはほとんど同一だ。
 茎葉は、舌形で、長さ1.8〜2mm、舷はなく、ほぼ全縁、先端付近はささくれていて、低倍率で見ると微歯があるかのようにみえる(h, i)。茎葉の透明細胞は、糸状のものやら偽孔のような組織があり、どちらかといえば背面よりも、腹面に多くみられる(j, k)。
 茎は茶褐色で、ややまばらに茎葉をつける(g)。枝や茎葉を取り去って茎の表皮細胞をみると、細い螺旋状の肥厚がみられる(l)。合焦位置と場所をかえてみると、茎の表皮細胞にはいくつもの穴もみえる(m)。茎を横断面でみると、表皮細胞は3〜4層をなしている(n)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 枝葉は広卵形で深く凹状にくぼみ、先端は僧帽状で、長さ2〜2.5mm、葉先周辺はわずかにざらついてみえる(o)。観察にあたって、サフランに浸したあと、枝葉を取り外して(p)、まず腹面の透明細胞(q, r)、ついで背面の透明細胞(s, t)をみた。何枚かの枝葉を見た限りでは、腹面よりも背面側に、いろいろなタイプの孔がみられる。
 枝の表皮細胞にも、茎のそれと同様に、繊細な螺旋状の肥厚が顕著にみられ(u)、枝の横断面は、開出枝でも下垂枝でもほぼ同様に、1層の大きな表皮細胞に取り囲まれている(v)。
 枝葉の横断面をみると、葉緑細胞は、樽型〜長台形で、腹側に広く開き、葉緑細胞の縁は平滑状態で透明細胞に接している(w, x)。葉緑細胞が背側に開いたものはほとんどない。

 初めに定石通り、茎と枝の表皮細胞をみると、螺旋状の糸の様な構造が見られたので、ミズゴケ節であると直ちにわかった。ついで、枝葉の横断面を見たとき、葉緑細胞の縁が平滑であることから、イボミズゴケでもムラサキミズゴケでもない。
 残る候補は、ニセオオミズゴケ Sphagnum henryense とオオミズゴケ S. palustre となる。ニセオオミズゴケは葉緑細胞の横断面が広三角形で、葉緑細胞と接する透明細胞の側壁に細かい網状肥厚があるという。観察試料にはそれはみられない。したがって、オオミズゴケだけが残る。オオミズゴケについての説明を読むと、観察結果とほぼ一致する。

 種の同定だけが目的であれば、茎と枝の表皮細胞と、枝葉の横断面における葉緑細胞の縁を確認すれば、用は足りる。しかし、ミズゴケ節のコケに出会ったのは、これがはじめてであった。そこで、一切の先入観抜きに、茎葉、枝葉の透明細胞の様子を観察してみた。それぞれ、背面と腹面の透明細胞を、葉の上部と中央部で観察した。
 興味深かったのは、枝葉背面の透明細胞を観察していると、まさに教科書に描かれたとおりの典型的な、双子孔(twin pores)、三子孔(triple pores)が非常に鮮明にみられたことだった。微動ノブで合焦位置を変えながら観察すると、さらに顕著に捉えることができた。また、偽孔と貫通する孔との違いや、茎や枝の表皮細胞の螺旋肥厚の様子も、サフラニンで染色した葉を、合焦位置を変えながら観察すると鮮明に捉えられる。