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[標本番号:No.383 採集日:2008/03/01 採集地:千葉県、君津市] [和名:ムツタチゴケ 学名:Atrichum undulatum var. gracilisetum] | |||||||||||||
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久しぶりのコケ観察である。3月1日に、君津市の久留里城址を訪れた。その折りにいくつかのコケを採取した。今朝観察したのは、天守閣に向かう湿ったコンクリート側壁(alt 100〜120m)にゼニゴケやジャゴケと混生していたスギゴケ科の蘚類である(a, b)。 茎は枝分かれせず、高さ0.5〜2cmで、柔らかい葉をもち、乾燥すると葉が強く巻縮する(c)。現地でルーペで見ると、葉身部に横じわがあり、葉縁には明瞭な舷がある(d)。葉は披針形で、最広部は中央付近にあり、長さは4〜5mm、背面で横じわに沿って歯があり、葉縁には2〜3列の舷をもち、縁の上半には対になった歯がある(e〜h)。葉身細胞は丸味を帯びた多角形で、葉の中程で長さ13〜20μm(h)。葉の腹面には4〜6列、3〜6細胞高の薄板が連なる(i)。薄板を実体鏡の下でバラして見ると、上面は平滑でわずかに波打つ(j)。葉の鞘部周辺には薄板はない(k)。茎には中心束らしいものがある(l)。 |
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朔をつけたものがわずかにあった。ごくわずかに残っていた帽には毛は全くなく、蓋は長く尖る(m)。朔歯は32枚で、いかにもスギゴケ科特有の形をしている(n, o)。これまで何度もスギゴケ科蘚類の朔歯を顕微鏡下でみているが、その表面をていねいに観たことはなかった。対物レンズ40倍でみると、表面がざらついている。よく見ると微細な乳頭に被われているようだ(p)。さらに詳細にみるために、油浸100倍レンズでみた。微細な乳頭が朔歯表面全体を被っていて、各乳頭は、高さ1.5〜2μm、基部の幅2μmほどある(q, r)。
現地でみたとき、最初は何の疑いもなく、ナミガタタチゴケ Atrichum undulatum だろうと思ったので採取する気持ちは全くなかった。しかし、やけに背丈が小さく、葉の横じわが弱く、葉が何となく幅広に感じたので、結局持ちかえってきたものだ。
[修正と補足:2008.03.13] |
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葉の中肋部を含めてプレパラートを作ると、中肋部の厚みのために、広く葉身面にピントを合わせづらく、葉身細胞のサイズにも誤差が生じる(a)。そこで、1本の茎から葉を5枚ほど取り外し、それらから中肋部をすべて取り除いて、プレパラートを作成した(b)。 葉の中央部を、中肋に近い部分(v, x)、葉縁に近い部分(w, y)を選んで、葉身細胞のサイズを計測してみた。葉先端部と基部(鞘部)の細胞はここでは取りあげない。3月11日に計測したときは、キチンとていねいな計測をしなかったこともあるが、13〜20μmという結果だった(h)。今回あらためて計測してみると、どの部分でもそれらより一回り大きな数値となった。 これらをみると、葉身細胞の短径は12〜20μm、長径は14〜30μmほどあり、最も中心的なサイズのものは、長径18〜22μmあたりといえる。葉の部分によっては、22〜25μmほどの細胞が多数並ぶ(v)。先に表示した13〜20μmという表記は誤解を招きやすい。 例えば、菌類で胞子サイズを表記するように、中心値や標準偏差などを示し、2.4-3.6μm (n=40, mean ± SD = 2.7 ± 0.2 μm) x 3.6-4.8 (4.4 ± 0.3 μm) 等とすればかなり明瞭となる。しかし、葉身細胞の長さは、中肋近くだけを観察しても、「12〜18μm」をはるかに超えている。葉身細胞のサイズからはA. rhystophyllum の可能性は低いと思う。 図鑑によると、ムツタチゴケ A. undulatum var. gracilisetum は雌雄同株で列立同株または同苞同株であるが、ヒメタチゴケ A. rhystophyllum は雌雄異株で朔は希であるとされる。本標本には、朔をつけた個体が4〜5本ほどあったが、一つの苞葉の中から出ていた朔柄はいずれも1本だけだった。造精器や造卵器をつけたものはなく、雌雄同株か異株かの確認はできなかった。 いずれにせよ、敢えてヒメタチゴケと修正するには根拠が薄い。とりあえず胞子サイズを根拠としてムツタチゴケのママとしておくことにした。ご指摘ありがとうございました。 |
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