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[標本番号:No.546   採集日:2008/10/25   採集地:奈良県、川上村]
[和名:キブリナギゴケ   学名:Kindbergia arbuscula]
 
2008年11月2日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 奈良県川上村の渓流で、標高480mあたり、日陰の湿った谷に群生していたアオギヌゴケ科 Brachytheciaceae の蘚類を観察した(a)。一次茎は地表をはい、随所で二次茎が斜上し、さらに分枝して樹状に枝を広げる。乾燥しても葉は展開したままで、湿時とあまり変化はない(d)。
 二次茎は、葉を含めた幅が4〜6mm、表面にやや疎に葉をつける(c)。二次茎の葉は広い三角形で葉頂は細く尖り、長さ1.2〜1.4mm、葉縁の全周にわたって鋭い歯がある。中肋は葉長の3/4〜4/5に達し、先端背面は牙状に突出する(e〜g)。枝葉は茎葉より小さく、広卵形で先端は次第に尖り、長さ0.4〜0.8mm。葉縁の歯、中肋の様子は二次茎の葉と同様(e〜g)。一次茎の葉は、二次茎の葉よりさらに幅広く、取り囲むように茎につき、葉基部は幅広い。一次茎の葉は、土や泥に汚れて崩れているものが多く、綺麗な姿を保っているものは少ない。
 葉身細胞は、二次茎の葉でも枝葉でもほとんど同じなので、ここでは、二次茎の葉について記す。葉身の大部分では、ウジ虫状〜細い楕円形で、幅4〜6μm、長さ30〜50μm(h)、葉頂付近では幅広く短くなり(i)、翼部の細胞はやや分化して大形となる(j)。どの部分でも細胞は厚壁で平滑。なお、翼部はほとんど茎に下延することはない。
 枝葉の横断面をみると、細胞壁は厚く、中肋にはステライドはない。二次茎の横断面には、中心束が発達し、厚壁で小さな細胞が表皮を構成する。枝の横断面では、中心束はやや弱い。フィールで見たとき、朔をつけているように見えたが(b)、持ち帰った標本をよくみると、朔はすでに失われ、朔柄だけが残っていた。また、茎や枝に毛葉はない。

 アオギヌゴケ科の検索表をたどると、キブリナギゴケ属 Kindbergia に落ちる。平凡社図鑑では、日本産は2種と記され、検索表はなく、解説にはキブリナギゴケ K. arbuscula だけが掲載されている。観察結果と照らし合わせてみると、ほぼ間違いなさそうだ。
 保育社の図鑑ではキブリナギゴケ属に Eurhynchium をあて「日本に10種以上があり、分類はむずかしい」と記される。そしてキブリナギゴケのほかに、ツクシナギゴケとツクシナギゴケモドキを掲載している。キブリナギゴケには Eurhynchium arbuscula の学名を与える。
 一方、平凡社図鑑では、Eurhynchium にはツルハシゴケ属の和名を与えてツクシナギゴケやツクシナギゴケモドキを残す。そして、キブリナギゴケ属は Kindbergia として、これらから独立させている。ここでは、平凡社図鑑と Iwatsuki "New Catalog of the Mosses of Japan" にしたがって、Eurhynchium arbuscula を採用した。もう1種のキブリナギゴケ属の蘚類とは、ナガナギゴケ Kindbergia praelonga らしい。