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[標本番号:No.552   採集日:2008/11/02   採集地:栃木県、日光市]
[和名:ヒナミズゴケ   学名:Sphagnum warnstorfii]
 
2008年11月13日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 今月初め友人等と栃木県の加仁湯温泉でのんびりした。その折りに登った山の途中の湿原で、何種類かのミズゴケを採集した。標高2,000mの高層湿原には紅紫色を帯びたものが複数みられた。今日はそのうちのひとつを観察した(a, b)。
 茎の長さは4〜6cmのタイプ(c)と8〜12cmのタイプ(d)がある。地下水脈の高さで成長の違いが生じているようだった。枝の付き方は比較的疎で、茎は紅紫色を帯びている。開出枝の基部や下垂枝の一部も紅紫色を帯びる(e)。開出枝よりも下垂枝がやや長い(f)。
 
 
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
 茎葉は舌状三角形〜二等辺三角形で、長さ0.8〜1.2mm、全縁で舷が下部から中央部で広がり、中央部での舷の幅は葉幅の2/3に達する(g, h, s)。茎葉の葉身細胞を水で封入したものとサフラニンで染色したものを併記して比較してみた。

(i) 茎葉の腹面上部、(j) 同サフラニン染色、(k) 茎葉の腹面中央、(l) 同サフラニン染色、(m) 茎葉の背面上部、(n) 同サフラニン染色、(o) 茎葉の背面中央、(p) 同サフラニン染色、(q, r) 茎葉の横断面

 茎葉の透明細胞には、膜壁はみられるが、孔や偽孔、糸のような構造は見られない。茎葉の葉緑細胞は二等辺三角形で、底辺は腹側ある(q, r)。
 
 
 
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
 茎の表皮細胞は矩形で孔はなく(t)、横断面で表皮細胞は3〜4層(u)。枝には2〜4列のレトルト細胞があり、レトルト細胞には長いクビがある(v〜x)。
 
 
 
(z)
(z)
(aa)
(aa)
(ab)
(ab)
(ac)
(ac)
(ad)
(ad)
(ae)
(ae)
(af)
(af)
(ag)
(ag)
(ah)
(ah)
(ai)
(ai)
(aj)
(aj)
(ak)
(ak)
 枝葉についても、水でそのまま封入したものと、サフラニンで染色したものを併記してみた。

(z) (開出枝の)枝葉の腹面上部、(aa) 同サフラニン染色、(ab) (開出枝の)枝葉の腹面中央、(ac) 同サフラニン染色、(ad, ad) (開出枝の)枝葉の横断面、(af) (開出枝の)枝葉の背面上部、(ag) 同サフラニン染色、(ah) (開出枝の)枝葉の背面中央、(ai) 同サフラニン染色、(aj) (下垂枝の)枝葉の背面上部、(ak) (下垂枝の)枝葉の背面中央

 開出枝でも下垂枝でも、枝葉の透明細胞は背面中央から上部にかけて、縁の厚いリング状の孔が多数みられる(af〜aj, aj, ak)。合焦位置を選ぶとこの縁の厚いリングの状態はさらに明瞭に捉えることができる(aj, ak)。また、腹面の透明細胞には貫通する孔はなく、わずかに偽孔がみられる(z〜ac)。開出枝でも下垂枝でも、葉の横断面で葉緑細胞は、茎葉のそれと同様に、二等辺三角形〜台形で、腹側により広く開いている(ad, ae)。

 ミズゴケ類の透明細胞の検鏡にあたっては、サフラニンで染色して観察しているが、今日は何も染色しない状態と、サフラニン染色をした状態を併記してみた。たいていは、サフラニン染色をしないと透明細胞の表面の状態がはっきりわからないが、貫通する孔や偽孔のない場合には、結果的には染色しようとしまいとあまり変わりないこともある。

 平凡社の図鑑でミズゴケの検索表をたどった。茎の表皮細胞に螺旋状肥厚がなく、葉の横断面で葉緑細胞が背腹両面に開き、腹面により広く開き、透明細胞背側には多数並ぶ小孔はなく、茎葉は小形で、枝葉の横断面で葉緑細胞の底辺が葉の腹面にあることから、スギバミズゴケ節 Sect. Acutifolia に落ちる。
 ついでスギバミズゴケ節の種への検索表をたどると、茎葉の形で迷うが、「茎葉は二等辺三角形・・・」の枝をたどると、そこに掲載された5種には、種の解説などを読むかぎりは、いずれにも該当しないことがわかる。そこであらためて「茎葉は舌状または扇状・・・」の枝をたどることになる。本標本の茎葉上半部の透明細胞には明瞭な膜があって貫通しないから、選択肢はかなり狭まる。茎の表皮細胞や枝葉中央部の透明細胞には孔がないから、候補としてはウスベニミズゴケ S. rubellum とヒナミズゴケ S. warnstorfii に絞られる。
 平凡社図鑑にはウスベニミズゴケについての解説しか掲載されていない。そこで、滝田(1999)と Horikawa,Y & Suzuki, H(1954) の図と解説などを参照すると、ヒナミズゴケ(ワルンストルフミズゴケ) S. warnstorfii と同定するのが妥当だと思われた。


◎滝田謙譲 1999, 北海道におけるミズゴケの分布およびその変異について. Miyabea 4 (Illustrated Flora of Hokkaido No.4 Sphagnum): 1-84.
◎Horikawa,Y. & Suzuki,H. 1954. Sphagnum species in the Oze District. Jap.J.Bot. 14: 325-348