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[標本番号:No.563   採集日:2008/05/18   採集地:東京都、奥多摩町]
[和名:ヨツバゴケ属   学名:Tetraphis sp.]
 
2008年12月22日(月)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
 今年5月に東京の奥多摩で採取し、そのまま放置状態になっていた最後の標本を、ようやく観察することができた。野外撮影をしていない蘚類で、生時の姿の記憶は定かでない。採集袋には「alt 540、樹幹および腐木上、・・・」とある。袋の内容はコケのついた腐木片ひとつで、朔をつけた個体はなかった(a)。すっかり乾燥していたが、往時の緑色は残っていた(b)。
 腐木片から、コケの束をひとつとりはずした。茎は長さ6〜8mm、乾燥しても葉は縮れることなく、茎にやや密着気味になる(c)。水没させて10分間ほど待っても、葉は屋外でみたような姿には展開しない(d)。さらに何個体かを腐木片から取り外し(e)、さらに長時間水没させた後取り出した(f)。茎の上部は淡緑色だが大半は赤褐色をしている。
 葉は広卵形で、長さ1.5〜1.8mm、葉先は尖り、葉縁は全縁、中肋が葉先近くまで達している。葉縁には舷はなく、葉基部では翼部は分化していない(g〜j)。葉身細胞は方形〜類円形で、長さ15〜20μm、膜が厚く、表面は平滑かわずかな凸レンズ状(k)、葉頂付近の細胞(l)や葉基部の細胞(m)も、葉身中央部の細胞とほとんど変わらない。翼部の組織分化はみられない。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
 葉の横断面で、葉身細胞はほぼ平滑で壁は厚く、中肋にステライドはない(n)。茎の赤褐色部分を、横断面で切り出すと、断面は三角形をしており、中心束があり、表皮細胞は厚壁の小さなものからなる(o)。茎上部の淡緑色部の横断面は、円形〜オムスビ形をしている(p)。

 最初に観察した2日前、いったい何科の蘚類なのかまるで検討もつかなかった。以下のように特徴を書き出してみて、保育社と平凡社の図鑑などを主体に、どの科のコケなのか推測を重ねた。特に印象的なのが、葉身細胞の形と茎の横断面だった。

  1. 腐木を主体に樹幹基部にもつく
  2. 茎は赤褐色で直立し、枝分かれしない
  3. 葉は卵状で、縁は全縁、鋭頭
  4. 中肋は1本で、葉頂近くに届く
  5. 葉の翼部は分化しない
  6. 葉身細胞は方形〜類円形で平滑
  7. 横断面で中肋にステライドはない
  8. 茎の横断面が三角形
  9. 無性芽をつけない
 マゴケ亜綱には間違いないので、キセルゴケ目、スギゴケ目、ホウオウゴケ目など、目レベルで「ありえない」ものを排除し、残った目について、少しでも可能性あるすべての科にあたった。もしや腐木表面を這う「一次茎」を見落としているのではあるまいかとも考え、シトネゴケ目についてもあたってみた。該当する科はなく、何度実体鏡下で観察してもやはり「一次茎」は見出せなかった。このときの検討では、ヨツバゴケ目は「ありえない目」として検討しなかった。
 1日おいて今日になって、未検討のヨツバゴケ目を視野にいれて再検討してみた。平凡社図鑑のヨツバゴケ属の解説に「茎は直立し、葉はチョウチンゴケ科の種に似るが、朔歯が4本であることで、容易に区別できる」とある。科の解説などには朔のことや原糸体には触れているが、配偶体については何も書いていない。保育社図鑑でも同様である。
 ヨツバゴケ属 Tetraphis について、掲載種についての解説を読むと、多くの点で観察結果と一致する。ただ、茎の横断面が三角形であるとか、葉の基部に翼部が組織分化しないことなどについては触れられていない。Noguchi "Moss Flora of Japan" でも、この件については書いていない。ただ、Noguchi に記載の図などは、観察結果とよく似ている。
 アリノオヤリ T. geniculata かヨツバゴケ T. pellucida なのかもしれないが、朔をつけた個体が一つも見つからなかったので、決め手がない。とりあえず、ヨツバゴケ属としておくことにした。