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[標本番号:No.570   採集日:2008/12/20   採集地:東京都、奥多摩町]
[和名:ナメリオウムゴケ   学名:Gymnostomum aurantiacum]
 
2008年12月27日()
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
 奥多摩の遊歩道近くの石灰岩壁下部(atl 350m)で、壁を滴り落ちる水流に沿って、石灰粉末と土砂の堆積の表面に、淡黄色の群落をなす蘚類を採集した(a, b)。ごく少量を採集したつもりが、厚い石灰粉末層と一緒に削げ落ちた。茎の下部が灰白色の粉末にまみれている(c)。
 標本の一部を水没させると、再び葉が展開して野外で見たときのすがたに復元した(d, f)。乾燥すると葉が巻縮するが、管状にはならずU字状となって腹面側に湾曲する(e)。茎は直立し、下部で単軸分枝し、長さ12〜16mm、表皮細胞は、木質部と同厚かやや薄膜の細胞からなる(q, r)。茎の横断面に中心束はみられない。
 
 
 
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(g, h) 葉、(i) 葉身細胞:葉中央 KOH、(j) 葉身細胞:葉上部 KOH、(k) 葉身細胞:葉基部、(l) 葉身細胞、(m) 葉の下部、(n) KOH中での葉、(o) 葉中央の横断面、(p) 葉下部の横断面、(q) 茎の横断面、(r) 茎と葉鞘部の横断面

 茎や枝の途中に苞葉に包まれた造卵器がついていた(m)。雌苞葉は卵形の基部から長く披針形に伸び、茎葉よりも長く、長さ1.5〜2.2mm(g, o)、雌苞葉先端や中央部の葉身細胞は、長い六角形〜楕円形で、長さ25〜40μm、葉縁には全周にわたって微歯がある。
 葉は披針形で長さ1.8〜2.2mm、葉縁は全縁、葉の基部は透明な鞘状で、太い中肋が葉頂まで達する(g, h)。葉身細胞は、葉の多くの部分では不規則な方形〜多角形で表面には乳頭があり、長さ8〜14μm(i, l)。葉頂の細胞は矩形でやや厚膜、表面は平滑(j)。鞘部の葉身細胞は、透明で表面は平滑、長さ20〜40μm(k)。葉下部では緑色の細胞と透明の細胞の境界があるが、明瞭なV字状やU字状とはならない(m)。葉はKOHで黄色味を帯びる(i, j, n)。葉の横断面で中肋には背腹両面にステライドがある(o)。葉の基部近くでは腹側のステライドが次第になくなり(p)、鞘部の下部では背側にのみみられる(r)。

 センボンゴケ科 Pottiaceae であることは間違いないと思う。はじめに保育社図鑑の検索表で属の検討をつけようと試みた。しかし、朔をつけた個体がないと、検索表をたどるのはかなり困難な作業となる。結果として、掲載されたほとんどすべての属について該当箇所を読んでみないと先に進めない。さらに掲載されている属はとても少ない。
 そこで平凡社図鑑の検索表をたどることにした。この図鑑では最初の分岐は葉縁の形だ。葉縁はほぼ平坦で、葉基部の透明細胞群は葉縁にそってせり上がるようには見えず、葉は乾いても管状にはならず、葉に同化糸はなく、体は小形で、無性芽はみられず、葉は披針形で、葉縁はほぼ平坦で、葉基部は全縁、中肋のステライドは背腹両面にある。
 この段階で、クチヒゲゴケ属かそれ以外の4つの属に絞られる。朔や雌花序はついていないので、そのままでは検索表をたどれない。そこで、まずクチヒゲゴケ属の解説をよむと「茎は褐色〜黒色、明瞭な中心束があり」と記されているので除外できる。ということは、朔歯がない蘚類と推測される。
 残る候補4属(ニセイシバイゴケ属、ハナシゴケ属、メンボウゴケ属、ハリイシバイゴケ属)のうち、メンボウゴケ属は「茎に中心束がある」とされるから、除外できる。ニセイシバイゴケ属は日本産1種とされ、ニセイシバイゴケの解説にある「弱い中心束をもつ」「(葉身細胞の)輪郭は多数に分枝した大形のパピラのために不明瞭」は観察結果と異なるから除外できる。
 ハリイシバイゴケ属は日本産2種とされ検索表からはハリイシバイゴケ Molendoa sendtneriana が候補に残る。種の解説には「山地帯の日陰の石灰岩上に白緑色の密な蘚座を形成」とあり、観察結果とも符合する点が多く、同図鑑の写真ともよく似ている。しかし「(茎に)中心束がある」と記されている。そこで念のために、多くの茎から横断面を切り出してみた。やはり中心束をもったものはない。結局、この属も除外対象となる。
 残る唯一つの属はハナシゴケ属となる。種への検索表をたどると、日本産4種のうち、ナメリオウムゴケ Gymnostomum aurantiacum だけが候補に残る。平凡社図鑑にはこの種についての解説はない。そこで、Noguchi "Moss Flora of Japan" にあたることにした。Noguchi では、この種はシノニムの G. recurvirostre Hedw. で掲載されている(Part2 281p.)。
 それによれば、茎の長さは普通50mmにもなり、茎の表面にはしばしばパピラがみられ、中心束はない。葉は湿時展開し、乾燥時は密着しわずかに内曲し、葉長は1.5mm、葉縁が平坦かわずかに反曲する。中肋は葉頂に達する。中肋腹面と背面についても記されている。そこで、あらためて葉の腹面と背面の中肋付近を再確認した。

(s)    (t)    (u)    (v)    (v)

 本標本の茎の表面にはパピラがあるようには見えない。また、葉縁がわずかに反曲している葉は多い。中肋腹面と背面についての記述は、符合するともしないともいえる。しかし、他の属や種と比較すると、ナメリオウムゴケが比較的近いように思える。ただ、茎の横断面に中心束が無いという件を棚上げすれば、ハリイシバイゴケとするのが適切かもしれない。中心束の有無は安定した形質と考えて、現時点ではナメリオウムゴケとしておこう。

[修正と補足:2008.12.29]
 識者の方から「Noguchi "Moss Flora of Japan" では,本種とオウムゴケ Gymnostomum recurvirostrum を同一種と見なしているようです。従って,記載や図も両者が混ざっていると思います」「Stems ... often with numerous papillae on the surface; はオウムゴケ の特徴でナメリオウムゴケのものではありません」とのご指摘をいただいた。
 "Saito, K. 1975. A Monograph of Japanese Pottiaceae J. Hattori Bot. Lab. 39" には目を通したことがなく、センボンゴケ科については、かなり理解が浅いと感じている。遠からず、"J. Hattori Bot. Lab. 39" を入手・学習して基礎的な理解を深めたいと思う。
 コメントありがとうございました。