HOME  観察覚書:INDEX back


[標本番号:No.593   採集日:2009/02/28   採集地:埼玉県、さいたま市]
[和名:ヒロハツヤゴケ   学名:Entodon challengeri]
 
2009年3月5日(木)
 
(a)
(a)
(b)
(b)
(c)
(c)
(d)
(d)
(e)
(e)
(f)
(f)
(g)
(g)
(h)
(h)
(i)
(i)
(j)
(j)
(k)
(k)
(l)
(l)
(a, b) 切り株に群生、(c) 乾燥標本、(d) 扁平につく葉、(e) 朔柄基部の苞葉、(f) 茎や枝の葉と苞葉、(g) 茎葉、(h) 枝葉、(i) 苞葉、(j) 枝葉中央の葉身細胞、(k) 枝葉先端の葉身細胞、(l) 枝葉翼部の葉身細胞

 2月末にトガリアミガサタケを観察するためさいたま市の自衛隊駐屯地近くまで行った。暖冬にもかかわらず、きのこの幼菌は全くみられなかった。例年よく発生する場所の切り株に、多数の朔をつけた蘚類が群生していた(a, b)。朔には多数の水滴がついていた。
 乾燥しても葉は縮れることなく、湿っているときとあまり変わらず、ツヤのある葉を扁平につけている。茎は這い、不規則に分枝し、茎や枝の途中から朔柄をのばしている(c, d)。葉を含めた茎や枝の幅は1〜3mm。茎葉は卵状楕円形〜卵形で、長さ1.5〜2mm、葉の中央部で折りたたまれるように深く凹み、葉先は広く尖り、ほぼ全縁。中肋は弱く2本で短い。枝葉も大きさが違うだけで、茎葉とほぼ同様の形をしている。苞葉は幅広い鞘部から披針形に伸び、先端が長く尖り、中肋の有無は不明瞭(f〜i)。
 枝葉の葉身細胞は線形で、長さ60〜90μm、幅6〜8μm、膜は薄く平滑(j)、葉先では短く(k)、翼部では方形の細胞が目立つ(l)。葉身細胞は茎葉でも苞葉でもほぼ同じ。茎や枝の横断面には弱い中心束があり、表皮組織はあまり明瞭には分化していない(m)。
 
 
 
(m)
(m)
(n)
(n)
(o)
(o)
(p)
(p)
(q)
(q)
(r)
(r)
(s)
(s)
(t)
(t)
(u)
(u)
(v)
(v)
(w)
(w)
(x)
(x)
(m) 枝の横断面、(n) 胞子体、(o) 蓋を外した朔、(p) 朔歯、(q) 外側から見た朔歯、(r) 内側からみた朔歯、(s) 外朔歯基部、(t) 外朔歯先端、(u) 内朔歯基部、(v) 内朔歯先端、(w) 朔基部にみられる気孔、(x) 胞子

 朔柄は褐色で長さ8〜12mm、表面は平滑。朔は長さ1.8〜2mm、長卵形で直立し相称。蓋には長い嘴状突起がある(n, o)。口環がよく発達し(q, s)、朔の基部には気孔がある(w)。朔歯は二重でそれぞれ16枚からなる(q)。
 外朔歯は披針形〜広い線形で、表面には細かな乳頭が密に分布し、基部には横条などはみられない(s, t)。内朔歯は、低い基礎膜から歯突起が棒状に伸び、表面は細かい乳頭に覆われる。間毛はない(u, v)。胞子は類球形で径12〜15μm(x)。

 茎や枝に毛葉がなく、葉を扁平につけ、身近な二叉する中肋があり、葉身細胞は線形、朔は直立して相称、口環がよく発達し、内朔歯の発達が悪い、などからツヤゴケ属 Entodon に間違いなさそうだ。この属は平凡社図鑑でも保育社図鑑でも、検索表や掲載種はあまり変わらない。保育社図鑑の種への検索表をたどると、すんなりとヒロハツヤゴケ E. challengeri にたどり着いた。種の解説を読むと観察結果とほぼ一致する。念のために Noguchi "Moss Flora of Japan" で確認してみたが間違いなさそうだ。
 なお、内朔歯の発達が悪いためか、外朔歯と内朔歯を別々の分離したところ、基礎膜があまりにも低いので、内朔歯はそれぞれがバラバラになってしまった。基礎膜は外朔歯の基部に付着してへばりついたようになっていた。