[標本番号:No.618 採集日:2009/04/06 採集地:栃木県、鹿沼市] [和名:コバノエゾシノブゴケ 学名:Thuidium recognitum var. delicatulum]
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2009年4月8日(水) |
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(a) 岩上の植物体、(b) 朔をつけた植物体、(c) 乾燥標本、(d) 茎の毛葉、(e) 茎葉、枝葉、苞葉、(f) 茎葉、(g) 茎葉中央の葉身細胞、(h) 茎葉基部の葉身細胞、(i) 茎葉頂部の葉身細胞、(j, k) 茎葉中肋の横断面、(l) 茎の横断面 |
前日光連山の標高900〜1,400mの林道を走ってきた。その折に何種類かの蘚類を採集した。そのうちの一つ、標高950mあたりの沢で、岩についていたシノブゴケ属 Thuidium を観察した。多くの朔をつけていたが、既に蓋などは失われ、胞子を放出し終わったものが多かった。
茎は硬く、岩を匍い、3回ほど羽状に分枝し、茎や主枝の表面に無数の毛葉を帯びる(a
〜d)。茎葉は三角形〜広卵形で下部には深い縦しわがあり、長さ1mm前後、先端は広い披針形。葉先は透明尖にはならず、中肋が葉頂近くに達する(e, f)。茎葉の葉身細胞には歯牙状のパピラが一つあり、葉身細胞は葉中央部で長さ15〜20μm、細長い多角形で(g)、葉基部ではやや大形の長楕円形となる(h)。葉頂部と葉基部の細胞には突起は見られない(h, i)。茎葉の横断面で、中肋にはガイドセルやステライドは見られない(k)。茎の横断面には弱い中心束がある(l)。
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(m) |
(n) |
(o) |
(p) |
(q) |
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(m) 枝葉、(n) 枝葉:突起部に合焦、(o) 同前:細胞輪郭部に合焦、(p) 枝葉頂部の葉身細胞、(q, r) 毛葉、(s) 朔柄基部の苞葉、(t) 苞葉、(u) 苞葉先端付近の葉身細胞、(v) 苞葉中央部の葉身細胞、(w) 苞葉下部の葉身細胞、(x) 苞葉肩部の長毛 |
枝葉は茎葉と比較して非常に小さく、主枝の葉と支枝の葉でも倍ほど違い、長さ0.2〜0.5mm、広卵形〜卵形で、葉先はやや尖り、中肋が葉長の2/3ほどに達する。枝葉の葉身細胞には一つの大きな歯牙状の突起があり、葉身細胞は長さ10〜15μm、薄膜の多角形で、葉頂の細胞には二〜三つのパピラがある(m〜p, an〜ap)。毛葉は多くが1細胞列で分岐し、細胞中央に突起をもったものが多い(q, r)。葉状となる毛葉もわずかに見られる(am)。
雌苞葉は内苞葉と外苞葉ではかなり大きさが違うが、いずれも茎葉などよりずっと大きく、長さ1.2〜5mm、外苞葉では葉先が芒状に長く伸び、中肋が葉先近くに達する(t)。苞葉の葉身細胞では、内苞葉の一部にパピラを持つが、外苞葉ではほとんどパピラを持たず、透明な細胞が目立つ。苞葉の葉身細胞は長楕円形〜線形で、長さ30〜60μm(u〜w)。外朔歯中央の縁には単細胞列の長い毛がある(x)。
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(y) |
(z) |
(aa) |
(ab) |
(ac) |
(ad) |
(ae) |
(af) |
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(ah) |
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(aj) |
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(y) 胞子体、(z) 朔、(aa) 朔と朔歯、(ab) 朔歯、(ac) 外朔歯、(ad) 内朔歯、(ae) 外朔歯基部、(af) 外朔歯上部、(ag) 内朔歯中央、(ah) 内朔歯上部:間毛と歯突起、(ai) 朔の横断面、(aj) 胞子 |
朔柄は2.5〜4cm、赤褐色。朔は円筒形で、長さ3〜3.5mm、傾いてつき、非相称(y, z)。朔歯は二重で、それぞれ16枚からなる(aa, ab)。外朔歯は披針形で、中央部から基部にかけては横条があり、先端近くにだけ微細な乳頭がある(ac, ae, af)。内朔歯の基礎膜は比較的高く、間毛や歯突起は顕著に分化している(ad, ag, ah)。朔の基部には気孔がある(ak)。口環が分化するが、なかなか明瞭にとらえにくい(al)。胞子は径12〜18μm(aj)。
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(ak) |
(al) |
(am) |
(an) |
(ao) |
(ap) |
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(ak) 気孔、(al) 口環、(am) 枝の毛葉、(an, ao, ap) 枝葉の先端細胞 |
ここまで書き進めている途中で、枝葉の先端細胞の様子などをさらに幾つか列挙しておこうと思い、写真を追加した(an〜ap)。(ak)〜(ap)の画像はこの観察覚書を書き始めた時にはなかったものだ。どうも最近多くの例を画像として掲載しようとして、くどくなる傾向がある。
シノブゴケ属 Thuidium の蘚類には間違いない。平凡社図鑑で検索表をたどると、茎葉に透明尖がないので、オオシノブゴケ T. tamariscinum とコバノエゾシノブゴケ T. delicatulum が候補に残る。図鑑からは、この両者の違いは、全体的なサイズと枝葉先端細胞の状態が異なるとしか読み取れない。観察結果は枝葉の頂端細胞に複数の突起がある。また、雌苞葉外側の葉では、中程の縁に長毛が見られるので、コバノエゾシノブゴケとなる。Noguchi(Part4 1991)などを参照すると、コバノエゾシノブゴケとしてよさそうだ。
なお、平凡社図鑑では学名に T. recognitum var. delicatulum (Hedw.) Warnst. をあてているが、Z. Iwatsuki(2004) に従って T. delicatulum (Hedw.) Mitt. を採用した。
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